でっきぶらし(News Paper)

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278号(2024年06月)6ページ

動物たちの健康診断

突然ですが、皆さん健康診断は毎年受けていますか?この記事を書いているのは4月なのですが、「春は健康診断の季節」といった広告をよく見かけるようになりました。健康診断といえば、身長、体重、血液検査、尿検査など色々な項目を検査されますが、動物たちも人間と同じように健康診断だけでなく、病気が疑われた場合は様々な検査をします。今回はそんな動物の健康を守る糞便検査と血液検査についてお話しします。

検査の中で一番手軽にできるのが、糞便検査です。飼育員から、最近、動物の餌食いがよくない、下痢が続いている等の話が出たら、その動物の便を取ってもらい、検査をします。具合が悪そうならすぐに色々な検査をすればいいのではないかと言われそうですが、そのために麻酔をかけたり、捕まえたりとストレスを与えてしまうと、さらに動物が弱ってしまう場合があります。動物園の動物たちを見てきて不思議だなと思うことは、気力があるうちはどんなに具合が悪くても強気なそぶりを見せるのですが、一旦気が抜けると急激に老け込んだり、弱々しくなったりすることです。獣医師としては、その弱気スイッチを押す機会は作りたくありません。なので、動物に最もストレスをかけずにできる糞便検査は、動物園では何かあったら、とりあえず優先的にやってみる検査になります。

話は戻りまして、皆さんも何となく心当たりがあると思いますが、便というのは、食べたものや体の状態をよく表します。トラやライオン等の肉食動物の便はツーンと鼻に来るキツイ匂い、チンパンジー等雑食動物の便は皆さんのものとほぼ同じ匂い(ご想像にお任せします)、ゾウ等草食動物の便は植物が薫る爽やかな臭いがします。レッサーパンダの便も竹の香りであまり臭くありませんが、ツーンとした匂いがしたら要注意です。受け取った便の色や臭いを確認して、塩水で薄めて顕微鏡で観察したり、細菌の検査をしたりします。そして便の中に寄生虫がいたり、胃腸炎に繋がるような細菌がいれば、薬を出して治療します。

糞便検査で原因がわからない場合は、血液検査を行います。麻酔をかけたり、捕獲してから採血をすることが多いですが、日本平動物園でもハズバンダリートレーニングを取り入れ、麻酔をせずに採血できる動物もいます。飼育員が餌で動物の気を引きながら、ハイエナの首から採血したり、オランウータンの肘の内側から採血したりしています。ホッキョクグマのロッシーは魚油を舐めさせながら、指の間から採血します。同僚が「何でそこから取ろうと思った人がいたんだろう?」と不思議がっていましたが、確かに指の間だと血管の走行が分かりにくいし、教科書にも針を刺せば当たるとしか書いていないので謎です。思いついて実行した先人は偉大です。動物園の動物の場合、どこから採血するか、は重要なポイントになってきます。採血場所は文献から探したり、自分の園や他の園の過去のデータが頼りです。獣医師の大学では、犬や猫だったら前足、後ろ足、牛や馬だったら首、尾の血管から血をとりやすいということを学ぶので、そこも考えつつ採血部位を探します。また、サルはヒトの採血部位を参考にして、皆さんが健康診断で採血されるのと同じ、肘の内側を狙うことが多いです。ただし、例外もあり、例えば、ゾウやサイの場合は体全体が厚い皮膚に覆われているので、皮膚が一番薄い耳から血をとります。動物を見るときに、ここから採血できるかな、と考えてしまうのは職業病かもしれません。採血したら検査にかけ、炎症反応が出ているか、肝臓や腎臓の数値が悪くなっていないか等確認して治療につなげます。

以上、糞便検査や血液検査について説明しました。適切な検査を行い、原因がわかって治療を進めるのが最善とはわかっているものの、動物の場合はどこまでストレスをかけずにより良い治療ができるかも大事になってきます。また、検査結果が出たとしても、まだまだ分かっていないことが多い動物の場合、それが体調不良の原因なのか確定できないこともあります。今後も日々、情報収集しつつ、それぞれの動物により良い治療をしていければと思います。

(山口)

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