281号(2025年03月)6ページ
父と息子

当園では2頭のエリマキキツネザルを飼育しています。父親のモカと息子のシュウです。この2頭はシュウの兄たちがいた時に家族で激しくケンカをしてしまったため、2013年からずっと離れて暮らしていました。エリマキキツネザルは本来、群れで生活する動物です。たくさんの仲間と生活することで、コミュニケーションを学びます。特にシュウは子供の時に家族と離れてしまったため、社会性をほとんど身に着けることができませんでした。このままでは今後シュウが家族を持つことが難しくなってしまうため、モカとシュウを同居させることにしました。動物を同居させる時にいきなり同じ部屋に入れてしまうと、ビックリして相手を攻撃してしまうことがあります。エリマキキツネザルはとてもかわいらしい見た目をしていますが、鋭い犬歯が生えているため、ケンカしてしまうと大怪我をすることもあります。そのため、時間をかけて徐々に距離を縮めていきます。小型サル舎では同居の練習場所がないため、バックヤードでお見合いをさせることにしました。まずはバックヤードの向かい合わせの部屋に入れて、お互いの姿を見せる所から始めます。小型サル舎では鳴き声が聞こえる所にいたため、他のエリマキキツネザルがいることを認識していたようですが、お互いの姿を見るのは約10年ぶり。どんな反応をするか、飼育員の方がドキドキしながらの対面でしたが、少し距離が離れているためか、お互いあまり気にしていないように見えました。1週間ほど様子を見て、次は隣同士の部屋に入れて、柵越しにお見合いをさせます。柵の隙間からお互いをさわることもできるため、相性が悪いと、この時点で柵から出ている指や鼻先を怪我することがありますが、モカとシユウはたまに柵に走り寄ってお互いの出方を伺うだけで、しつこくケンカすることはありませんでした。さらに1週間ほど様子を見て、そして次はいよいよ同じ部屋での同居になります。何かあったときにすぐに引き離せるように、獣医とタモ網や水道ホースを持って、厳戒態勢で見守りました。いざ、扉を開けてモカとシュウが同じ部屋に入ると…、しばらくはお互いに様子を伺いながら距離を取っていました。予想ではすぐにケンカするかな?と思っていたため、もしかしてこのまま同居できるかも…なんて期待を抱いた矢先、急にシュウがモカに嚙みつきました。すぐに離れたため怪我はしませんでしたが、初日は3分程度で同居終了となりました。その後も毎日少しずつ同居をしましたが、シュウはモカが近づこうとすると、ブルブル震えながら怒って噛みついていました。どうやらシュウはモカを傷つけようとしているわけではなく、他の個体との接し方がわからず、怖くて攻撃してしまっているようでした。そんなシュウに対して、モカはとても落ち着いた対応をしてくれました。ヒステリックに怒るシュウに、まるで「怖くないよ」と訴えかけるように黙ってじっとしていました。ただ、エサの時には父親としての威厳を見せ、シュウを押しのけて先に大好物のリンゴをもらいに来ていました。長い間離れていたため、シュウのことを息子だと覚えているかはわかりませんが、自然と優しいけれど、しっかりしつけをするお父さんになっていました。そんなモカの姿を見てシュウもだんだん心を許してきたようで、徐々に怒ることが減っていき、距離も縮まっていきました。同居する時間を1時間、半日と徐々に伸ばしていき、そして約4カ月の期間を経て、2頭で小型サル舎に戻ることができました。今では環境にも慣れ、並んで日向ぼっこをしている姿がよく見られるようになりました。オス同士なので、あまりベタベタはしませんが、これからも父と息子で仲良くしてくれることを願っています。
(江林)