でっきぶらし(News Paper)

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215号(2013年12月)5ページ

≪病院だより≫シーとミウの物語 No1

 今回はレッサーパンダのお話です。平成22年7月に双子のレッサーパンダが当園で生まれました。レッサーパンダはお母さんだけで子どもを育てます。双子のお母さんの「ナラ」も最初の出産の頃は子育てをしていたのですが、途中から子育てをしないことが続いていたため、この時は最初は少しだけ様子を見て、駄目そうだったらすぐに子どもを取り上げて人工保育にしようと決めていました。そして残念ながら、面倒を見る気配がなかったので、人間が育てることになりました。二頭とも女の子で「シー」と「ミウ」と名付けられました。目ヤニがでたり、便秘になったりしましたが、とても仲の良い姉妹として育ちました。シーとミウの両親である、お母さんのナラとお父さんの「シュウシュウ」は繁殖を目的として動物を他の動物園から借りてくる「ブリーディングローン」という制度を利用して、それぞれ広島市安佐動物公園と周南市徳山動物園からやって来ました。この制度によって貸し借りをしている動物に子どもが生まれた場合には、その子どもがどこの動物園の所属になるか、貸している動物園と借りて飼育している動物園で話し合って決めることになっています。二頭が1歳になった頃、話合いでシーは日本平動物園、ミウは安佐動物公園の所属になることが決まりました。そこで当園ではシーを次世代のお母さんにすることにして、平成24年7月に埼玉こども自然動物公園から同い年の「タク」を、お婿さんとして迎えました。安佐動物公園も若いペアを作りたかったので、ミウは頃合いをみて広島にお嫁入りすることになりました。
 その年の初秋、新しいレッサーパンダ館が完成したので引越しをして、秋が深まった頃からシーとタクのペアリングが始まりました。二頭の仲は良い訳ではなく、一度はタクがシーに向かってゆき、それに対してシーも応戦して、二頭の距離は縮まらず、他人の関係が続き、時折喧嘩も見られました。しかし、今年に入り、2月にようやく二頭の交尾が確認され、赤ちゃん誕生の期待が膨んで来ました。4月に出産用の部屋があるレッサーパンダ飼育棟がレッサーパンダ館の近くに完成したので、シーはそちらに引越しをしました。シーとミウが全く顔を合わせなくなったのはこの時が生まれてから初めてです。シーはそれほど変化がありませんでしたが、ミウの食欲が一時期落ちてきてしまいました。徐々に食欲も戻り、お別れ会を開催してもらい、たくさんのメッセージを貰って、6月にミウは安佐動物公園にお嫁入りしていきました。

No2に続く

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