216号(2014年02月)5ページ
≪病院だより≫毎日のバックヤードツアー
私たち動物園獣医の主な仕事に園内の巡回があります。広い園内を毎日朝と夕の2回歩いて回っています。動物たちの動作や行動を見て、体調に変化がないか確認をするのですが、実はその巡回時にもう1つ確認していることがあります。それは動物がいる建物(獣舎)の状態です。獣舎の中には動物が寝る部屋と飼育員が作業をするバックヤードがあるのですが、通常ここは皆さんにはお見せしていません。時々イベントとしてバックヤードツアーを行いますが、普段見ることが出来ない場所だけに毎回かなりの人気があります。バックヤードを眺めるお客様の反応は、とても興奮して辺りをキョロキョロ見回している人もいれば、たいして物も置いていないので「ヘー」とさっさと歩く人もいます。なぜ、巡回の時に私たちがバックヤードを気にして見ているのか…、実はそこの状態は動物や飼育員にとってとても重要なのです。
皆さんの家には皆さんが生活している自分の部屋があると思います。その部屋はいつもきれいに片付いていますか?もしかして、食べたお弁当やおかしのゴミ、朝着替えた服が放置されているのでは…?部屋には人の生活状態が表れます。忙しい時には「後で片付ければいいや」とつい物を放置しがちです。これは生活する部屋に限ったことではありません。仕事をする作業場も同じように、忙しい時には部屋の中や机の上に書類や物が溢れたりします。
では、飼育員にとっての作業場、つまりバックヤードはどうでしょう?バックヤードツアーに参加してみると、そこにはいつもあまり物がなくきれいに片付けられていることに気付くと思います。毎日使っているそうじ道具はいつも決まった場所に置かれ、動物たちのエサも放置されていることはありません。もしかして、飼育員は忙しくないの…?いえいえ、そうではありません。飼育員は一日にたくさんの作業をこなしていますが、一つ一つの作業をきっちり完了させて仕事を進めていきます。もし、いろいろな作業を同時進行でいくつも行ってしまうと、動物の部屋に物を置き忘れたり、扉にカギをかけ忘れたりと、大変な事故につながる可能性があります。なので、飼育員にはなるべく仕事を中断させないようにしなければなりません。無線や電話での連絡も飼育員の作業の手を止めてしまうため、忙しい時間帯にはなるべく連絡をしないよう私たちも気を付けています。また、エサや物をしっかり片付けずに放置することは、ゴキブリやネズミを呼び寄せることにつながります。ゴキブリやネズミなどの害虫・害獣は病原菌を運んで来るため、飼育員は獣舎をきれいにして病気から動物を守ってあげなければなりません。また、飼育員が自分の長グツに病原菌をつけて入ることもないよう、どの獣舎も入口にはしっかりと消毒槽が置かれています。飼育員たちにとって担当動物1頭1頭は、自分だけが任された大切な物なのでそこまで責任を持って仕事をしています。
私たちは時々出張で他の動物園を訪れることがあり、そのとき動物の展示場だけでなくバックヤードも視察させてもらいます。もちろん他の園の職員も日本平動物園にきていろいろな獣舎を見るのですが、その際にお褒めの言葉を頂くことがよくあります(よその施設に行って文句を言う人はいないと思うので、自画自賛してもしょうがないのですが…)。少し前にも、私は他の動物園職員6名を連れて2カ所の獣舎を案内しました。先に見たのはベテラン飼育員が担当する獣舎でした。その獣舎の飼育動物は数が多く、バックヤードは手狭で6名もお客様が入ったらいっぱいの状態です。一行が動物の裏部屋に入り辺りを見回すと「スゴイきれいですね~」と声が上がりました。新しく建てた獣舎ではないので担当も自分も一瞬キョトンとしましたが、続けて「いつもこんなにきれいにしているんですか?」と言われ、私は担当の顔を見てにっこりしました。本当に嬉しい一言でした。次に見学した新人飼育員が担当する獣舎の時にも「すごく片付いていますね」「今日だけ特別ではないですよね」と言って頂き、私は心の中で飼育員たちに拍手を送りました。
動物を飼育していれば飼育場は糞尿で汚れて当たり前です。子供の頃は展示場に落ちているウンチを見て「きたね~」と騒ぎましたが、大人になってみると同じ光景でも不快さは全然感じません。また、獣舎がきれいだと不思議と動物が嬉しそうに活き活きして見える気がします。自分もこの現場の職員になって、そこには飼育員の努力が隠れていたことを知りました。以前、ある飼育員がこんな名言を教えてくれました。「獣舎の乱れは心の乱れ!」そんな飼育員たちを私は誇りに思います。皆さんには申し訳ありませんが、私たちの特権としてこれからも毎日バックヤードツアーを満喫させていただきます。機会があったら、ぜひ皆さんも参加してみてください。
動物病院担当 後藤 正