218号(2014年06月)4ページ
ペンギン太郎次郎
日本平動物園のフンボルトペンギンの中には人工保育で育った個体が何羽かいます。もちろんなるべく親に育ててもらうようにはしているのですが、何らかの事情で人工保育になってしまうことがあるのです。今回はそんな人工保育で育ったペンギンの話です。
現在のペンギン館を建設する時、つまり旧ペンギン舎を取り壊す時に巣穴の中には少し遅く産まれた2羽のヒナがいました。工事中はペンギンたちはみんなバックヤードに引越したのですが、狭い上に休める巣穴もない場所に、まだ小さいヒナを入れることはとても心配でした。そこでやむなく親と離して動物病院で人工保育をすることになりました。最初はなかなかエサを食べてはくれません。小さな豆アジを口に入れてやると頭を振って吐き出してしまいます。嘴を手で押さえて何とか飲み込ませることを繰り返していくうちに、ヒナたちも味を覚えたのか、部屋の扉を開けようとすると「自分が先に食べるんだ!」と言わんばかりに近寄ってくるようになりました。
少し話は逸れますがペンギンの口の中はなかなか面白い構造をしていて、喉や舌にトゲが生えています。これは咥えた魚の鱗にトゲが引っかかってエサを逃さないために役立っています。人工保育のヒナたちは病院での暮らしに慣れてきた頃に、飼育員が手に持ったエサがなくなるとそのまま飼育員の指を咥えるようになりました。もっとちょうだいとおねだりしているかは分かりませんが、口の中のトゲが案外柔らかくて不思議な感覚でした(ちょっと気持ち良いかも?)。元気な2羽のヒナはすくすく成長してゆき、次第にプールの中でエサを採る練習を始めました。この頃になると嘴の力も強くなってきたのでゴム手袋をしてエサを与えていましたが、ふと何を思ったのか私は素手でエサを与えてみたらぱっくりと指が切れてしまいました。実はペンギンの嘴は鋭くてキケンなのです。ペンギンの担当になって初めて、その見た目のイメージとは違った恐さを体験した瞬間でした。大人のペンギンが本気で突いたら、ゴム手袋の上からでもミミズ腫れになることも・・・!
そんなこんなで、体長も大人のペンギンと変わらないくらいに成長してエサも水中でちゃんと採れるようになった2羽は、親や他の個体たちのいるバックヤードへと移ることになりました。大人に負けずにエサを採れるかなぁ?いじめられたりしないかなぁ?と不安でいっぱいでしたが、いざ蓋を開けてみれば要らぬ心配でした。1羽は多少突かれながらもするすると大人たちの輪の中に入ってゆき、すぐに馴染んでいました。もう1羽はズカズカと進み、自分から大人にケンカを売って負けずに張り合っていたのです。
人工保育で育てた2羽にはやはり思い入れがあり、ペンギンの担当を外れた今でも少し気になってしまいます。人工保育で育ったのでちゃんと繁殖してくれるかが気掛かりでしたが、とうとう去年の秋にそのうちの1羽がつがいになり、一生懸命巣材を運んで巣作りする姿が見られたそうです。
もう以前のように私に近寄ってくるようなことはありませんが、見かけたときは心の中で「元気にやってるかい?」と声をかけています。
飼育係 久保 暁