225号(2015年08月)4ページ
■病院だより 「保育園状態の動物病院」
■病院だより「保育園状態の動物病院」
今回の病院だよりは、今年四月に動物園に来たばかりの新人(?)獣医が書いています。新人といっても大学出たてのピチピチではなく、四十歳を目前にした結構いい歳のオジサンです。
動物園にある動物病院の獣医師の仕事は、もちろん園内で飼育している動物の治療(注射、手術、薬の調合、投薬など)をやりますが、他にも動物を解剖して死因を調べたり、繁殖計画を立てたり、野生動物の保護や治療、標本作り、園内の巡回、お客さま対応、他の動物園との会議などとても幅広く、まさに「知力」「体力」「時の運(?)」を使います。特に、一番必要なものは体力かもしれません(知力は元々あきらめています…)。山登りが好きで少しは体力に自信のあった新人オジサン獣医ですが、四月から毎日園内を歩き回り、そして一年で最も忙しいゴールデンウィークで打ちのめされ、たった二ヶ月で体重が減ってズボンがブカブカになってしまいました…。
そんな疲れた心と体を癒してくれるのが、かわいい動物たちです。特に生まれたばかりの動物はとても愛くるしく、見ているとニヤニヤしてしまいます。今年もゴールデンウィーク中にバーバリシープが子どもを産みました。しかし、母親は初めての出産で初心者だったからか、子どもはうまくおっぱいを飲むことができませんでした。少し様子をみていましたが、空腹と寒さでぐったりしたため「このままでは死んでしまう」と思い、子どもを動物病院へ入院させて栄養剤を注射して保温し、そのまま人工哺育へと切り替えました。毎日体重をはかり、ミルクを五、六回あげます。しかし、哺乳びんをちょっとチュパチュパするだけでたいした量のミルクを飲んでくれず、仕方なくカテーテルというチューブを口から胃に入れて、なかば強制的にミルクを飲ませました。「食欲はあるみたいなのに、なんで飲んでくれないんだろう。哺乳びんの乳首の形が合わないのかな」と思い、今までと違う長細い乳首をつけてさらに先っぽを少し切って、ミルクを出やすくしてみました。すると、哺乳びんでゴクゴク飲むようになりました。これで、毎回チューブを口に入れなくてすむので、子どものストレスがかなり減り、またこちらの作業もぐっと楽になりました。
バーバリシープのミルクで格闘している頃、今度は野生のムササビの子どもが二頭保護されてきました。二頭はオスとメスで、オスは元気でしたがメスは下痢をしていて、親がいないのですぐに人工哺育が始まりました。シリンジ(注射器)の先に小さな乳首を接着剤でつけた特製哺乳びんを作り、一日五回ずつ約10ccのミルクをあげます。同時に、お尻を濡れたガーゼでふいて、おしっこやうんちを出させます。メスの下痢がひどくならないように整腸剤をミルクに混ぜたり下痢止めを注射したり、ミルクをあまり飲まなくなって弱ってきたら点滴をしたりと…、バーバリシープとあわせて三頭、毎日十五回ずつのミルクとお尻のお掃除なので、獣医も飼育員さんも大忙しです。
そんなこんなしている季節は春。鳥たちにとっても出産(産卵)と子育ての季節です。…ということはつまり、保護の季節でもあります。特に大雨や強風のあとには、「ヒナが道路にいた」「巣ごと落ちていた」といった理由で保護されたヒナ鳥たちが、たくさん動物病院に運ばれてきます。その他にも、子どもが地面で飛ぶ練習をしている時に(親がこっそり見ているにもかかわらず)、あやまって保護(誘拐)してしまう場合もあります。ツバメ、スズメ、ヒヨドリ、キジバト、カルガモ、セキレイ、フクロウ、オオタカなどなど…。今年は四月に雨の日が多く、ゴールデンウィーク明けも天候が不順で、すぐに育すう室(ヒナを育てる部屋)がいっぱいになってしまいました。巣立ち直前の比較的大きなヒナは、飛ぶトレーニング用に大部屋にみんなで入ってもらい、ケージにもいっぱいいます。朝も夕方も、動物病院の一階は哺乳でバタバタし、二階は「ピーピー」「ギャーギャー」の大合唱です。まさにいろいろな動物の保育園状態。保育士になっている飼育員さんには本当に頭が下がる思いです。でも、保護されたヒナたちがすくすく育って放鳥できた時は、本当に嬉しくなります。ムササビは残念ながら一頭が肺炎で死んでしまいましたが、もう一頭とバーバリシープは順調に育っています。これまで当園では、バーバリシープの人工哺育はなかなかうまくいかないということがありましたが、今では母親たちのいる放飼場に戻り、担当の飼育員さんに毎日ミルクをたくさん飲ませてもらって、少しずつ大きくなってきています。最近は乾草や濃厚飼料も食べるようになりました。
動物の子どもたちに癒され、元気と経験をもらいながら新人獣医も成長していきます。
(塩野 正義)