259号(2021年05月)6ページ
眠たくなるお話 その①
皆さんは麻酔(ますい)をかけられたことはありますか?手術を受ける時、歯を抜く時など、痛みを取り除き治療をするのに必要なものですよね。麻酔には大きく分けて、ターゲットにピンポイントで効く局所麻酔と、意識がなくなり全身の力が抜けている間に治療をする全身麻酔の2つがあります。人類初の全身麻酔下での外科手術成功例は江戸時代の1804年、かの有名な華岡青洲さんによるもので、お母さんや奥さんが献身的に練習台になったそうです。そのような先人たちの努力のお陰で、私たちは今安全性の高い麻酔処置を受けられるようになっているのですね。
ところで、私は全身麻酔をかけたことはありましたが、かけられたことはありませんでした(お医者さんあるある?)。去年初めて胃カメラ検査のために全身麻酔を経験しました。看護師さんに「怖いです」と心情を吐露しつつ、覚悟を決めていざベッドへ。血管から麻酔薬を入れる時、「何秒で寝るかな.」と1、2、3…数えてみました。ちょっとボーッとしてきたな…と思ったら、すぐでした。起きた時は全部終わっていて、立ち上がったらおっとっと…となり歩くのにフラフラしました。この感じは動物が麻酔から覚めた時と同じで、普段は「かける側」の身としては良い体験になりました。
余談ですが、麻酔から覚めかけておっとっととなった時に、壁や床に頭や身体をぶつけないように、(中に一緒に入っていられる動物の場合は)動物の身体を支えて介助するのですが、先日レッサーパンダにそうしていた時のこと。突然、足が痛っ!ふらつきながら、目の前にあったにくったらしい獣医の白い長靴に噛みついたのです。貫通して足に突き刺さり、動物はフラフラしているから支えていないといけないし、自分は噛まれて動けないしで、通路にいた同僚に「助けて〜」と叫んで助けてもらいました。まさか足を噛まれるとは想像しておらず、フラフラしていても咄嗟の力が出る動物はすごいなあと感心しつつ、目の前に足を出してごめんねと反省しました。
このように、動物園でも麻酔を使うことが時々あります。よく使うのは、カップ状の酸素マスクを口に被せて気化した麻酔薬を吸ってもらう、吸入麻酔です。昔の2時間サスペンスドラマでハンカチにエーテルを染み込ませ後ろから口に被せて一瞬で意識を失うというのが、〇十代以上の人には馴染みの麻酔イメージかもしれません。普段動物園で使っている実際の麻酔では、一瞬では寝ません。麻酔成分が血液中に溶け込んで一定濃度になるのに時間がかかるので、ハンカチも実際にはすぐには効果が出ないはずです。保定して静脈注射できれば別ですが、動物園では大人しく手を出して血管注射させてくれる動物はほとんどいません。捕まえられることでショックを起こすこともあるので、なるべく動物にストレスをかけずに麻酔をかける必要があります。このため、病院に連れてきて身体を保持してマスクを口元にあてたり、輸送箱に入れて箱ごと袋を被せて吸入薬を嗅がせたりします。また、捕まえられない大きな動物や一緒の部屋に入ると危険な動物などの場合には、現場での筋肉注射麻酔を選択します。それゆえに効果が出るまでには時間がかかります。
その②に続く…