31号(1983年02月)6ページ
育ての親
(池ヶ谷正志)
小獣舎のいっかくにタヌキ2頭が飼育されています。このタヌキは、いずれもまだ目の見えない赤ちゃんの頃、動物園に保護収容(オスは昭和57年5月31日、メスは56年6月9日)されて、飼育課の八木獣医が母親がわりとして人工哺育で育てたものです。過保護的だったかもしれませんが、順調に育ち、昨年の10月9日より小獣舎に移されました。
いまだに育ての親の八木獣医を忘れる事はなく、現在の担当者である私の愛情には目もくれません。私が獣舎に入り、掃除をしている間は、巣穴の上からおとなしくながめているのですが、掃除が終り、部屋から出て行こうとすると、決まって2頭でうなり声をあげ、足元に走り寄り、交互に長グツを噛みつきに来るのです。“まさか、私の掃除の仕方に不満でもあるわけではないでしょうが!”その度に私はデッキブラシで追い浮「ながら部屋から逃げ出してくる始末です。
ところが、毎日見回りに来る育ての親の八木獣医に対する態度といえば、足音が聞こえてきただけで落着かなくなり、姿を見せてひと声名前でも呼ぼうものなら、喜んでヒンヒンと鳴きながら走り回って、立ち去ればカベに前足をかけ、置きざりにしないでくれとばかりに鳴く始末です。
その姿を見ると“もう餌も与えなければ、掃除もしてやらんぞ”とやきもち半分にタヌキに向って言葉を投げつけるのが、私のせめてもの抵抗です。
しかし、人間とタヌキの間でも、育ての親の恩は忘れることなく、きずなは強いものだと感心しています。ましてや人間の親子関係は、もっともっと強いものだと思います。