でっきぶらし(News Paper)

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51号(1986年05月)4ページ

動物園の一年(後編)◎十一月 ナマケグマの死、ホロホロチョウの放し

もうそれは時間の問題でした。ガンが体全体に広がり、一時は飲んでいた某メーカーの栄養ドリンクさえ受けつけなくなっていたのです。ただもう力なく横たわっているだけ―。
ナマケグマが話題になる時は、たいていは母子が主体で、雄親はどう転んでも”さしみのツマ”が精一杯でした。時にその中心に据えようとすると、こんな悲しい話になるなんて―。書くほうも辛くなってきます。
今はひたすら冥福を祈ってやって下さい、というしかありません。
園内において、ホロホロチョウがかしましく賑わう声を聞くのは何年ぶりでしょう。かつての最盛期には、群れをなして園内をかっ歩、単独生活のクジャクを追い回し、団結力を鼓舞している風でさえありました。
育雛室で餌付けられて園内に放たれた彼ら(二十六羽)。来年か再来年にはそんな光景を見せてくれるでしょうか。ただ心配なのは、園内の野良ネコたちへの対応です。庇護されて大きくなっただけに外敵の恐さを知りません。事実、何羽かはすぐ様野良ネコ共にやられてしまいました。全く憎い奴らです。
他にこの月はドキッとする程のことはなかったものの、小さな事故、病気は絶え間なく続きました。
オランウータン・ベリーの腕の痛みは、消炎剤をぬり続けることによって何とか収まって暫く経つと、他のジュンやテツと共に風邪気味に。かと思えば、ゴリラのトトが下痢と食欲不振、爬虫類ではパラグアイカイマンが大ゲンカ。猛獣舎ではヒョウの雄がぐったり。マレーバク舎では雄が前々からのアゴの傷が悪化。うみを取ったりしなければならないことがありました。
なかでもやるせなかったのは、昨日まで元気に餌を食べていたオグロワラビーの子がポックリいってしまったこと。救いは、月末にアカテタマリンが双児の赤ちゃんを生んだことでした。

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