105号(1995年05月)8ページ
出産ふ化それぞれの事情 「カリフォルニアアシカ」
(ボスの老化が進行する中で)
久々の繁殖です。「まさか」を安売りしている感じですが、正直に言ってこのケースにもそんな思いを抱きました。ただし、その原因はメスではなくオスにあるのです。
地位もボス、名もボスの、このところの衰えは目を覆うものがあります。かつての勇姿、かつ幼い時期を知る者にとってやりきれなさを覚えます。開園以来の動物、推定年齢28才、いつ神様に迎えられても天寿全とうと言えます。
野生なら遠の昔にボスの座を追われています。そこは飼育下でライバルはなく、数頭のメスを従えての悠々自適の毎日でした。
それでも、何年か前より衰えが日々増していることを耳にし、もうタネ付けをするだけの元気はいかにせんあるまい、と思っていました。子が生まれたと聞いた時、「本当にあのボスの子なの」と実に馬鹿げた質問をしてしまったぐらいです。生ある限りのオスの一念、敬服すら覚えました。
子の成長は、順調といえば順調です。母親の乳首に吸いついている様子もよく見られます。
けれど、仕切られたプールの狭いほうを御覧になれば、あれっと思われる筈です。健康のすぐれぬボスはともかく、老婆のチビまでが分けられています。しかも陸の部分には、更に金網までが張られています。
子が生めなくなったからといって、母性愛までが失せることはないのです。触発されて、未熟な母親から子を奪ってしまったのです。更に分けられた後も、子を招き入れてしまったようなのです。金網はその結果です。
アシカ池も近々世代交代です。いずれ新しいオスがやってきて、再び悲喜こもごもを演じることでしょう。でも残り火の中で輝かせた炎、ボスとチビの生きる意気込み、終生忘れることはないでしょう。
(松下憲行)
追伸:残念なことに、7月9日朝、ボスが死亡しました。