60号(1987年11月)13ページ
動物園こぼればなし◎決闘もどき
世界でいちばん美しいシカといわれているアクシスジカ、そのボスであるオスの角が完成したのは4月頃だったでしょうか。続いて若オスが一本角から変身、5月の半ばにはボスのようにとはゆかなくとも、ちょっぴりながらたくましさを感じさせる角を備えるようになりました。
元来、性格のおとなしいシカです。それに体格も角の大きさもかなりの差があったので、同居させていてもさしてトラブルは起こるまい、とたかをくくっていました。
とはいえ、角を備えたオスが2頭いると、生活のパターンは少々違ってきます。毎朝、角を突き合わせるのが日課のようになり、時には「カチッ、カチッ」と角がぶっつかり合って鋭い音を立てることもありました。
でも、体格が違えば遊びのようなもの。ボスが簡単に蹴散らして、それで終わりでした。2〜3発であっさりケリがついてしまうこともあったぐらいです。
ところが9月初めのある日、いつもとちょっと違うことが生じました。いきなり若オスが優勢に出たのです。ボスを勢いよくどんどん押しまくったのです。
それは最初のほんの2〜3分、本気になれば底力が違います。「この野郎、手加減していれば頭に乗りやがって」といわんばかりのボスの猛反撃に、逆に若オスのほうがたじたじ。何度も何度も放飼場の隅に追いつめられました。
若オスはすっかり懲りてしまったようで、以来意気消沈し角を合わせることさえしなくなりました。挙句にメスにまで馬鹿にされ、かわいそうな気もしましたが、群れが安定する為にはこれでよかったのでしょう。
(飼育課員 松下憲行)