でっきぶらし(News Paper)

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162号(2004年11月)7ページ

獣医実習を終えて

麻布大学獣医学科5年 飯田 奈都子

私は小さい頃から動物園が大好きでした。動物園はテレビや図鑑と違い、自分で大きさや雰囲気を感じながら動物を知ることができるからです。それと同時に、時折見かける飼育員さんにも興味を持ち、動物の世話をしたり、解説をして私たちを楽しませてくれる姿に憧れたこともありました。いま、私は獣医を目指していて、そのきっかけは動物園にもあったのだと思います。もっと動物園を深く知りたい、いろいろな経験を積みたいという思いで日本平動物園に実習をお願いしたところ、快く受け入れてくださいました。
10日間の実習は動物病院でお世話になり、午前中は動物病院にいる動物の世話、午後は骨格標本作りや治療のお手伝いなどをさせていただきました。動物園の獣医の仕事には、動物に対する幅広い知識が必要だと感じました。動物園にいる動物のほとんどは大学で経験することのない動物ですが、生息環境や特性を考えて問題を解決していかなければなりません。例えばマレーバクは元々湿地帯に住み、特徴ある歩き方のために蹄に傷ができやすいことを教えていただき、その治療では人間に体をなでられると気持ち良くなって横になる特性を利用していることを初めて知りました。また、アカコンゴウインコの吸入麻酔ではチャック付きのビニール袋を利用するなど工夫をされていました。クロキツネザルのエリザベスカラーも病状やエサを手に取って食べる習性を考えて、いらなくなったレントゲンフィルムを再利用して作り、最後に首に巻いてからホッチキスで留めるのには先生がとても苦労されていました。動物園の診療は野戦病院のようで何が起こるかわからないとおっしゃった海野獣医師の言葉に、日々の勉強・観察と経験の積み重ね、それをふまえた予測や的確な判断力・決断力が大切だと感じました。また、野生傷病鳥獣の保護では毎日のように野生動物が運び込まれる現実にとても驚きました。中でもツバメやキジバトなど鳥のヒナが多く、誤認保護、つまり巣が地面に落ちたり親がエサを探しに巣から離れたときの誘拐の場合が少なくないことを野村獣医師から教えていただきました。そして、このことをどうしたら人々に伝えることができるだろうかと心の中で考えることもありました。
実習中には死んだ動物の病理解剖もあり、病理学は私の専攻分野ですが、大学との違いを発見して勉強させていただきました。解剖した動物は危急種の小型サル、シロガオマーモセットでした。その違いとは、解剖する前に体のあちこちの長さを計測・記録したこと、そして、オスだったので精巣があるわけですが、それを生理的食塩水の中に入れて保存したことです。それらは大学の研究室では普段あまり見られない光景で、動物園の役割の一つ“種の保存”を実感しました。さらにはレッサーパンダの、世界的な種の保存事業についても教えていただきました。動物園獣医師の多岐にわたる仕事の一端に触れ、大学で勉強する基本の大切さもわかりました。
飼育では動物の種類や年齢・その日の状態によってエサの種類や切り方が違うことに苦戦しました。そして飼育する中での細かい観察や動物とコミュニケーションをとることの大切さを知りました。動物との信頼関係は、健康状態や機嫌のチェック、さらに病気の治療の際にはとても重要だと伺って、納得のいく思いがしました。象の飼育を見学・体験したときは直接飼育と間接飼育を知り、威圧感ある低い声で行われたトレーニングにこちらも真剣になりました。ゾウは大変神経質な動物ですが、直接飼育をしているシャンティには触れることができたり、プールでの水浴びをエサをあげながら間近で見ることができて、とても感動しました。
また、先生方や飼育係の方々のご指導・ご配慮で、獣舎を見学したり、夜の動物園などのイベントへ参加する機会にも恵まれました。本当に楽しくて胸の高鳴りを感じ、そんな自分に驚きもしました。また、バーバリーシープに葉っぱをプレゼントしてみようと来園者に呼びかけたときは、葉の名前を聞かれたりしてかなり緊張しましたが、とても大きな経験だったと思います。イベントに参加される来園者の興味津々な表情や、自分の体験を通して気付いたことは、動物園が持っている大きな教育効果でした。動物を近くに感じながら、その特徴や魅力・生態を学び、すごいとかおもしろい・楽しいと感じる中で、生命や自然環境を大切に思う気持ちが育まれていくのではないかと思いました。エサを例にあげてもライオンがシマウマなどを獲って食べることは野生では生きていくことに不可欠であって、実はエサのヒヨコやマウスにも驚いてしまった私ですが、「かわいそう」だけでなく、「生き物は皆こうして生きていくんだ」という食物連鎖の現実を実感することも時には必要だと思いました。日本平動物園には、動物の特性を活かした生き生きとした展示を通して、今以上に楽しみながら学べる空間を提供していってもらいたいと思います。
そして実習を通して印象に残ったのは、獣医師と飼育係員の、お互いの仕事を尊重した協力関係でした。動物の健康管理では双方による観察を大切にしたり、展示やイベントではアイディアや力を出し合ったり。そのチームワークは素晴らしく、動物の生命を守ることに隔たりのないことをうれしく思いました。お互いを信頼しあう優しい気持ちは、動物に伝わり、日本平動物園を訪れるお客さんや私たち実習生に伝わり、愛される動物園をつくっていく原動力となっていることに気付くことができました。
日本平動物園での実習は、まだまだ未熟な私にとって得るものが多く、実りある実習であったと思います。今再び大学で学ぶ毎日ですが、視野も広がり多くの視点から物事を考えられるようになりました。さらに、動物園が様々な役割とたくさんの可能性を持っていることを教えていただきました。動物園で過ごさせていただいた時間が、私にさらなる成長のステップを踏み出す勇気を与えてくださったと信じ、勉強を含め様々な場面で挑戦していこうと思います。
最後になりましたが、私の実習を暖かく迎えて下さった日本平動物園の皆様に心から感謝いたします。動物園での診療、飼育法など、一つ一つ丁寧に分かりやすく教えて下さり、また、お疲れさまと声をかけていただくなど大変お世話になりました。これほど有意義で、明るく楽しい実習であったのは皆様の支えと優しさのおかげだと思います。大好きな地元静岡の日本平動物園が、これからもより多くの来園者から愛される動物園として大きく発展されていかれることを期待しています。本当にありがとうございました。

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