169号(2006年04月)4ページ
マレーバクの担当を任されて
飼育担当は、長く担当していると気が付かない新たな飼育発想の開眼、飼育技術の向上、色々な動物の飼育熟知、マンネリを防止のためなどで基本的に3年に一度の担当換えがあります。
飼育歴37年の私は、担当換えにより昨年4月から初めてマレーバクの飼育をすることになりました。飼育歴が長いため、飼育作業方法についての手順は早くマスターはしました。
次に、マレーバクに私の存在を知ってもらうことよりも、マレーバクの個々の性格を知るために私自身が遠慮して近づいていく作業をすることにしました。
マレーバクは一見丈夫そうに見えますが、本来湿地帯で生息しているため硬いグランドでは足の裏が傷つきやすく、毎日のように治療をしなければなりません。当初、驚いたのは治療のため狭い獣舎に一緒に入らなければならないことでした。過去に2人程噛まれた事があるそうで、その人の話では「スゲー痛い」とのこと。貴重な動物なため、放っておき足からの感染症が原因で死なせるわけにもいかず、恐る恐る同じ部屋に入って治療をしました。
治療方法は、幸いにも体をさすられるのが好きな個体のため、ブラシで背中部分をさすり、横にさせます。シン(オス)は性格が温厚で、横にさせるのが比較的容易で気持ちよさそうに目をつぶり、時にはいびきを掻き寝ます。飼育員を信頼して横たわる体重200kgを越える動物の寝姿は愛くるしいものです。
問題なのはミライ(メス)の方でした。「気分が悪いとき、ストレスがたまっているときは気をつけなさい。」と聞きましたが、そんなことを言われても、女房の顔色は分っても何せマレーバクとは付き合いの浅い私、どの状態が気分の悪いときなのか、ストレスがたまっているときなのかの判断ができなーい!当時妊娠中のミライは、落ち着きがなく、気の小さい私を噛みに来るのか、攻撃されはしないのか思いつつ横にさせるのが大変でドット疲れる瞬間でした。
それから色々なことが短期間で起きました。太い枝を給餌したため、下顎膿瘍(口腔内の傷から細菌感染により顎の中が膿み、以前では100%死亡に至る病気)になり大変な治療を経たこと、それが治ってきたかと思えば、今度は咳をし、体温が上がり「変な病気になったのでは」と心配したりしました。幸いにもいずれも完治し、獣医に余分な仕事を与えているように思い、申し訳なさで一杯でした。
多分、獣医にとっても眠れない日々が続いたでしょう。自分自身も疑心暗鬼になり「自分はトラブルメーカーなのではないか、飼育係として向いていなかったのでは・・・」と精神的に落ち込みました。しかし、自分のまいた種、自分で刈り取らなければと自分のやれることは精一杯努めました。今でこそ思えることです「難しい仕事だからやりがいがあるのでは」と。
現在も、足の治療は続いています。今ではミライの横に無事出産した子、アスカ(メス)が加わりました。ミライを治療のため横臥させようとしているとき、アスカは上目づかいで近寄ってきて、「アタチにも、アタチもさわって」とせがんできます。アスカをさすり横にさせ、次にミライをさすり横にさせますが、さわり続けないとアスカが起き上がり、せがんできます。そこで、足でアスカの体をさすり、両手でミライの体をさすります。一昔流行った平衡感覚を保つ座敷でのゲームみたいで足しか手が空いていない?状態です。
アスカを飼育係の役得で時間の許す限り、触りまくっています。アスカは、何ヶ月か後には他の園にお嫁さんとして出園する予定です。正直、別れが辛いと思います。
アスカと子別れした後、両親(シンとミライ)は別居生活から同居生活に戻ります。とても気の早いことですけど、次回も絶滅危惧種の繁殖ということよりも、飼育係として、こんなに可愛い動物が無事に出産すればいいと思っています。
(川村 敏朗)