171号(2006年08月)6ページ
ワラビーの母親とのバトル
代番の日(ある動物の飼育担当係が休みの日、その人に代わりその動物の世話をする日の事)、動物園の閉園を知らせる夕焼け小焼けの音楽が流れ始めるころ、ワラビー舎では運動場にいるワラビーの寝室への入舎作業が始まります。
他のワラビーは比較的スムーズに入舎してくれるのですが、残り一頭のメスがなかなか入室してくれません。そこで、このメスの入室をめぐり、定年間近のくたびれた中年飼育係と、かたや今が盛りの若き母親ワラビーとのバトルが繰り広げられています。
飼育係の武器は左手に庭ボウキ右手には竹ボウキの二刀流。かたやワラビーの方は、もって生まれた野生の身体能力と中年飼育係なんぞに負けるものかという気合いのみ(これがなかなかどうしてあなどれない)。まず、運動場へ入り彼女の行動をチェックしながら掃除、その合間に素直な3頭を寝室の方へ追い入室させます。そして彼女の番、彼女は?と見れば、運動場のコーナーで今度は自分だと・・・すでに立ち上がり臨戦状態です。
庭ボウキで防御しつつかまわず近寄り間合いをつめますが、まったくしりぞく気配はありません。なおもかまわず寄り、庭ボウキをはさみ互いの体がくっつくほどになると、やっとじりじりと後退、なおも寄るとやっと体を反転し、運動場の段差をものともしない軽やかなジャンプで別のコーナーへ行くのです。ときには牽制の為か、私の方に体の正面を見せたまま、真横にジャンプ段差を飛び越し移動します。こちらと思えば又あちらと私を翻弄、後について行くのがやっとです。
他の仕事もまだ残っているし、「もう勘弁」と弱音が出ます。すると寝室の方へ行き、やれうれしいと勇んで追いついて行くと入り口の所で、ジャンプ一番空中で体を反転し、こちらを向き直るのです。思わず防御の為の庭ボウキを盾にすると彼女は両手でハッシとそれをつかみ、キックボクサーよろしく前蹴りが・・・。
そんな事を何回か繰り返すと、なにかのタイミングでスーっと入室します。そこで、外に出てこないように、庭ボウキ、竹ボウキで牽制しつつ扉を閉め収容完了。内臓が全部出てしまうような深いため息を吐きながら鍵を閉め、緊張から開放される私です。彼女が入室を嫌がるのには様々な理由があると考えられますが、いいかげんに許してね。
(池ヶ谷 正志)