173号(2006年12月)3ページ
動物脱出防止訓練 もう限界だ?!
毎年この時期が来ると、僕は上司となるべく顔を合わせない様にしてきたつもりですが、いつの間にか(?)お声がかかります。この話題は避けてはいるのですが、やりたいような、やりたくないような・・・。毎年、動物脱出防止訓練が年明けに行われています。
僕が動物園に来て20年以上になります。脱出防止訓練では、職員が交替で逃げる動物役をやっていましたが、お前は演技が良いと誰が言ったのか、いつの間にか僕が動物役を毎年引き受けるようになりました。
始めはぬいぐるみでやっていました。しかし、どうもリアルにかけて訓練に力が入らない、よつんばいになると回りが見えず下しか見えないし動きにくい、そんなことを感じながら、トラを2回、クマを何回か、レンタルで借りてきたぬいぐるみを使ってやりました。
ある日、ナマケグマが亡くなった際に標本用に残した毛皮がふと目にとまり、これを使えたらと思い上司に言ったところ、「毛皮にするにお金が高かったんだよ」と最初は首を振られましたが何とか了解を取りました。
これに僕が持っていたゴリラのお面を裏側に縫い付けて自分の頭が入るようにし、今度は前側を熊の顔になるように縫い付けましたが熊らしく見えるかな・・・迫力がある、おもしろい!とみんなから歓声があがりました。
こうやってお面と毛皮をくっつけるために、せんまい通しで穴を開けて動物の毛皮を縫う針で縫いつけて、特別な衣装を作りました。皮が硬くて硬くて縫うのも一苦労でした。それでも熊の毛皮なので10kg以上あります。見た目も動物らしく、身も何とか動きやすくなり、木にも登れるようになりました。
この本物の毛皮を身に付けて、ここ数年はクマやチンパンジーを数回やりました。チンパンジーを演じた時には、木に登ったり、車の屋根に上ったり、汗だくになって頑張りました。その甲斐あって、麻酔銃で撃たれて倒れた僕を見て、チンパンジーたちが「ギャーギャー!!」と鳴き叫びました。仲間に何するんだと思ってくれたのでしょう。
麻酔で撃たれた時、皆にわかるように注射器が本当に刺さったように見えるようにし、何度かやっているうちにいい考えが浮かんできました。お面をかぶっても目穴からあまり良く見えないので注射器をズボンのポケットから出して毛皮に取り付けるのにも必死でなんですよ。
時には幼稚園の子供達の方に突進したら泣いてしまい、棒切れを投げたらパトカーに当たるし、迫力を増した演技はまさに「予想外」でした。
本番前にはここ数回、捕獲班の皆に分からないように木の上に山から切り出してきた葉や棒切れ、イットカンなどを隠しておいてあります。時には面白いこともやりました。木の上から降りる際、生竹を切ってきて立てておいて、その竹に登り自分の重さで竹が折れて地面に下り移動するなど工夫をしています。
上司と打ち合わせはしていますが半分はぶっつけ本番で、やっている最中にリハーサル以外のいろんな行動をとっているため、「右だ、左だ」と無線が入りますが、いつの間にか無線機のスイッチがオフになってしまい、しまいには泡食って息切れしています。
もっとしっかりした着ぐるみを買ってくれたら動きも良く本物らしく見えるのに、と上司に言ってみましたが、ぬいぐるみの値段の高いのには手が届きませんでした。僕はもう高齢なので、訓練が終わった後に身体が痛くなり毎回我慢しています。
飼育の先輩たちに「良かった良かった」とおだてられ、家族には「おだっくいだ」と言われる毎年です。動物脱出訓練でぬいぐるみを着て10年以上、そろそろ若い後継者に引き継いで、もう引退したいです。
(清水 定夫)