194号(2010年06月)2ページ
ハートの誕生
長男リキが熊本市動植物園に出園した後、トッポとリンの2頭になりさみしくなったキリン舎でした。しかし、リンのお腹では新しい命がすくすく育っていました。時々お母さんのおなかを蹴り動く胎動も見られ、元気な様子が確認できました。また、リンの乳頭や乳房も日に日に大きく張って、リンが地面に落ちている草を食べる時などは乳房が押され4つの乳頭からは勢いよく乳汁が飛んで出ていました。
妊娠期間を計算して、前回の様子を参考にしながら465〜470日と予定日を設定していました。今までいろいろな動物を担当してきて出産の時刻は潮の満潮に多く見られたので、新聞を見て清水港の満潮時間を確認しながらキリンの様子を見ていました。
出産当日の1月20日は2回目の満潮時間が19時59分。朝食と夕食は普通に食べていましたが、いつもより落ち着きなく部屋の中を歩いて動きがおかしく、「今日は生まれる。」と確信。獣医に「20時に生まれるから。」と連絡し部屋の監視カメラを回し様子を見ていると、17時16分に羊膜が出始め、そのうちに羊膜の中に羊水が入り風船を膨らましたようになりました。
しばらくすると座り始めて、「ええー、座って出産するの。」と独り言を言い見ていると(普通キリンは立って出産します。)、起立し陣痛が起きたらしく、子供の前足が2本少し見え始めました。その後羊膜が破れ羊水がどっと流れ落ちました。
リンはその羊水の臭いを嗅ぐために前足を折るとお腹が押され、子供の足がピーンとなりました。何回か陣痛が起き、少しずつ子供の足が出てきます。前回は羊膜が出始めて出産までに3時間20分かかり、今の陣痛の時間でいくと自分の想定した出産時間をオーバーすると思いながらモニターを見ていました。途中に何度か座る格好をしてお腹が押されて、陣痛ごとに子供の体が見え始め陣痛間隔がかなり速いペースになってきて、19時53分に一気にリンの陰部2mの高さから子供が回転するよう肩から落下。
その後に羊水が滝のように子供にかかります。しばらくすると頭をあげて体を動かしました。リンは子供の体の臭いを嗅いでなめ始めました。子供は起立しようと動きますが、すぐに立つことはできません。前回、お兄さんのリキは起立するのに1時間を要しました。しかしこの子供は何回か起立を試みては倒れてしまいましたが、30分で立って歩くことができました。
しかしここからが心配でした。前回リンは母親らしさはあるのに子供を蹴る行動が見られたからです。モニターを見ている限りでは子供が母親の近くに行きおなかの下に入ろうとしてもなめたりしていたので、「上手くいく。」と確信していました。が、そうは上手くいきませんでした。
30分位して子供がリンのおなかの下に入ろうとしたら、リンがいきなり前足で蹴り、子供は倒れてしまいました。その後も子供はおっぱいを吸いたくてリンのところに行くが前足で蹴られてしまいました。あまり蹴るのでリンと子供を分けようかと、私が部屋の中に入ると、今度は子供を守ろうとする姿勢が見え、もう少しモニターを見ながら観察しました。
するとまた近付いた子供を蹴る行動が見られたので、リンを放飼場に出したすきに子供を取り上げようとするが、リンは子供の所からなかなか離れようとしません。私がリンを入口に誘うようにしている間に、獣医が子供を抱えて空いている部屋に連れ離しました。
子供の体重は72kg、頭までの高さが187cmある今回も男の子でした。酪農家よりいただいたジャージー牛の初乳を冷凍してあったので、哺乳しようと解凍して温めて与えようとするも、口をかたくなに開けようとしないので3人がかりで口を開け、哺乳瓶の乳首を口の中に入れても、吸おうとするどころか口を閉じようと必死になっている状態なので、あきらめて翌日の朝与えることにして、23時過ぎにキリン舎を後にしました。
朝キリン舎に入ると子供は立っていたので、私が部屋の中に入って行くと、いきなり前足で蹴ったり、後足で蹴りながら逃げていき、前回のリキの時とは違い、哺乳どころではない状態でした。
そこで、部屋についている追い込みの押さえる移動式の板で隅に追い、強引に4人がかりで押さえこみ、3人が押さえ、1人が口を開けて哺乳瓶の乳首を入れて流し込むようにして飲ますことができました。
その後7日間は1日3回の哺乳には4人がかりで押さえて口の中に流し込む状態が続き、かなり前回のリキの時と違ってかなり苦労をしました。リキの場合は、リンに蹴りだされていたので初めから人間に慣れましたが、今回はなるたけ親に育児させるために長い時間付けておいたので、その点が哺乳に慣れるまで苦労をしたようです。
8日目からはなんとか1人で飲ませることができるようになり一安心しました。ミルクは子牛用ミルクを前回と同じように1日3回。最初のころは3ℓから、多くなると6ℓまで増やしていきました。22日目ころから乾草の粉から与え始め、細かく切った根菜を与え少しずつ食べ始めました。
また、放飼場に出ている時には、リンの傍には行かないが、トッポには近付き体をなめたりする行動が見られ、トッポも子供の臭いを嗅いでいました。名前は公募で首の付け根にハート模様があることから「ハート」と決定しました。
3月12日、トッポがとなりの部屋で死亡してからはリンの食欲が落ちてしまい、ハートも今まで食べていた餌を口にしなくなってしまいました。ハートがあちこちをなめるのでそこに餌を置き採食を促すもなかなか食べてくれず、離乳に向けてミルクの量をなかなか減らすことができませんでした。リキの時には早くからミルク以外の餌をかなり食べたので、70日目にミルクの回数を1日3回から2回に減らしましたが、このハートは93日目にようやく2回とすることができました。
まだ、時々リンがハートを蹴るようなしぐさが見られますが、トッポが亡くなってさみしさからか、リンがハートの体の臭いをかいだり、2頭が寄り添う行動が以前より多く見られるようになりました。
(佐野 一成)