でっきぶらし(News Paper)

一覧へ戻る

« 201号の4ページへ201号の6ページへ »

201号(2011年08月)5ページ

≪実習だより≫ショウジョウトキの受難

 日本平動物園では5月24日に新しく「フライングメガドーム」と「は虫類館」がオープンしました。フライングメガドームでは旧フライングケージで飼育していた鳥たちや園の正門を入ってすぐの池で飼育していたフラミンゴ、新たに来園した鳥たちを展示しています。旧フライングケージと旧フラミンゴ池から鳥たちを移す際は、大勢の職員で捕獲・引越しを行いましたが、特に旧フライングケージでは、高さが10メートル程あるので、1日がかりの大変な仕事になりました。
 捕獲、引越しからしばらく経って、鳥たちも落ち着いてきたかと思っていましたが、6月に入ってからのある日の夕方、フライングメガドームの担当者から、すぐ様子を見に来て欲しいと無線が入りました。
 フライングメガドームに行ってみると、一羽のショウジョウトキの下のくちばしが、真ん中でぽっきり折れてぶら下がっています。羽の色がまだ全部赤くなっておらず、茶色が混じっていることから去年孵化した個体のようです。
 ショウジョウトキは、日本の天然記念物のトキの仲間で、細長いくちばしを持ち、そのくちばしを使って泥や水草の下などにいる水生昆虫や魚、カエルや甲殻類などを食べています。
 「捕獲できるかなぁ」と様子を見ていると、飛んでしまい、この大きな池がある広いフライングメガドームでは、その時点では捕獲は出来ないと判断しました。捕まえること自体が難しいうえに、まだ新しい住居に慣れ切っていない中で、無理に追いかけまわすと他の鳥達もパニックになって、二次的にアクシデントが起こりかねないという懸念もありました。
 あのくちばしの状態では餌を食べることは出来ないから、その内体力が落ちてきて、飛べなくなったところを捕獲しようと担当者と話をし、注意深く観察を続けました。
 捕獲の時はすぐにやってきました。次の日出勤すると、朝ショウジョウトキを捕まえたと連絡が入りました。もう高く舞い上がれずに、地面を移動しているところを捕獲したそうです。すぐに病院に運び、まず身体検査をしました。鳥の栄養状態をいちばん簡単に判断できるのが胸の筋肉です。胸の筋肉の量が大分落ちており、痩せていたので栄養剤とビタミン剤の注射をしました。
 問題は折れてしまった下のくちばしです。特に出血等はありませんでしたが、くちばしの下側の皮一枚でぶら下がっている様な状態でした。そこで、薄いプラスチックの板をくちばしに丁度大きさが合うように加工して、下のくちばしの下側と両側にあてて、その上に丈夫なティッシュペーパーのようなものを載せて、瞬間接着剤を多量につけて固定しました。
 ちょっと見たところ、人間でも使用するギプス包帯のようになりました。プラスチックの板をネジで止めて補強する方法もありますが、そこにかえって負荷がかかってしまい、割れてしまう可能性が高いと思い、瞬間接着剤だけで固めることにしました。その日は餌を自分では食べてくれないだろうと思ったので、無理やりくちばしを開けて、魚をのどに突っ込み飲ませました。これを強制給餌と言います。昼と夕方に分けて何匹か飲ませました。二、三日はまだ自分では食べてくれないだろうと思っていたのですが、余程お腹が減っていたのでしょうか、翌日から早速自分で食べ始めました。自分で食べ始めてくれればしめたものです。
 こちらで無理に抑えつける必要もないので、くちばしに変な力が加わることもありません。魚などは餌鉢に水を張って、その中に入れてやるのですが、最初のうちは一度床に魚を落としてしまうと拾えないようでしたが、徐々に「ギプス付のくちばし」にも慣れてきて、上手にくちばしを使うようになってきました。日が経つにつれて採食は増してきましたが、どうも好き嫌いがあるようで、ワカサギは良く食べるのですが、アジは今一つ好きではない様で採食が進みません。
 また、入院して二週間もすると動きもだいぶ良くなってきて、狭い部屋では良くないなと思い、最初に入院した部屋よりも、広くて、高さのある部屋に移すことにしました。すると次の日には上の方の止まり木にも止まる様になりました。
 採食に好き嫌いはあるものの自分である程度の量も食べていますし、動作も良好ですが、ギプスを外せるようになるのは半年以上先だろうと考えられました。広い部屋に移したと言ってもショウジョウトキが飛びまわれるほど広くはなく、半年以上の長い期間病院で飼育するのも、精神的にあまり良くないので、いつ頃退院させようかと考えていましたが、フライングメガドームに移したら、弱るまで捕獲できないので、くちばしの状態を見ながら時機を待っていました。
 入院して一ヶ月が経ち、くちばしの接着部分がぐらついたり、ずれている様子がないのでギプスを着けたまま退院することにしました。フライングメガドーム内に放すと、すぐに飛んで行き、仲間たちと一緒に過ごしています。
 どのような状況で今回の怪我をしてしまったのかは想像するしかありませんが、どこかにぶつかって受傷した可能性が高いと考えられます。ショウジョウトキは割と神経質な鳥で、何かの拍子に一斉に飛び回ることがあります。広いフライングメガドームの中でそれを見ると壮観で綺麗な光景ですが、ケージなどにぶつからない様に気をつけて飛んでくれよと思いながら眺めています。皆さんもまだ羽の色が完全に赤くなっていない、くちばしの辺りがちょっと太く見えるショウジョウトキを探してみてください。

動物病院 金澤 裕司

« 201号の4ページへ201号の6ページへ »

一覧へ戻る

ページの先頭へ