でっきぶらし(News Paper)

一覧へ戻る

« 206号の4ページへ206号の6ページへ »

206号(2012年06月)5ページ

≪病院だより≫痒いのかな?

 当園では四〇年近くマレーバクを飼育していますが、現在飼育しているのはお父さんとお母さんと息子の三頭です。お父さんのシンが一九九二年春にアメリカの動物園で生まれ、その年の秋に来園しました。お母さんのミライは一九九九年秋に広島の安佐動物公園で生まれ、二〇〇一年暮れに来園しました。このペアからは四頭の子供が生まれており、現在飼育している息子のヒカルは昨年の秋に生まれました。上の兄さん、姉さん達は他の動物園で元気に暮らしています。その内のアドベンチャーワールドで暮らしているヒカルのお兄さんは、昨年お父さんになりました。
 バクの仲間は中央アメリカ〜南アメリカと東南アジアに生息しています。マレーバクは東南アジアに住むバクで、野生では熱帯雨林に暮らしています。体全体は黒いのですが、背中から腰の辺りは白い毛が生えています。マレーバクにとって、日本の寒く、乾燥した冬は、あまり得意ではない様です。気温が下がってくると、地面に直接触れる、足の裏の部分にひび割れ、あかぎれの様なものが出来てしまいます。
そのため、定期的に足の裏をチェックします。どのように足の裏を見るかと言うと、一言で言うとマレーバクに寝て貰います。寝て貰うと言っても、麻酔薬を使うわけではありません。皆さんが髪の毛をとかす時に使うヘアブラシを使います。マレーバクはブラシで体をこすられると、気持ちよさそうに寝てしまうのです。びっくりさせないように、優しく声をかけながら、部屋に入り、ヘアブラシで腰を軽く「トントン」と叩いたり、軽くこすってやると、「ガクン」と腰を落とし、犬のお座りのような姿勢になります。さらに背中などをこすってやると横になって寝てしまいます。こうなると簡単な身体検査や眼薬を点眼したり、塗り薬を塗ることが出来ます。足の裏の状態を見たら、保湿効果のあるクリームを塗り、状況に応じて、薬を塗ったり、患部を保護するためにテープを巻いたりします。暖かい時期は週に一回くらい様子を見て、寒くなるとその頻度を多くするようにしています。
 そのようにして健康管理を行っていますが、お父さんのシンが今年の一月末位から、擦過傷が目立つようになりました。場所は顔や首から肩にかけてです。ブラシで擦って、寝て貰って身体検査すると、擦過傷の他にも、内ももが赤く、ただれたようになっています。当面、擦過傷も内ももの赤い部分も塗り薬で対応していましたが、痩せが目立つようになりました。採食量は変わらないのですが、特に腰回りの筋肉が落ちてきたような気がします。体の表面だけの問題ではないように感じましたので、塗り薬の他に炎症を抑える薬や抗生物質などの飲み薬も出して、飲んで貰うことにしました。一週間ほど薬を続けましたが、顔から首のあたりの皮膚が乾燥したような感じになり、痩せも進んできました。シンはこの春で二〇歳になり、国内で飼育されているマレーバクの中でも高齢な部類にはいります。年齢のことも、頭をよぎりましたが、もっと詳しい状態を調べるために、血液を採って調べることにしました。これもブラシで擦って、寝て貰っている間に血を後ろ脚の内側の血管から採ります。ただ注射針を刺すとなると、眠りが浅い場合は、夢うつつから目が覚めて、途中で起きようとしてしまうこともあるので注意が必要です。血液検査からは貧血とアレルギーの様な自己免疫疾患が考えられました。それまでの炎症を抑える薬もアレルギーに効果があるものだったので、その薬を継続して、抗生物質を変更し、貧血に効果のある薬やビタミン剤を追加しました。擦過傷も自分から痒くて壁などに擦って出来ていたのか、それともフラついたりしてぶつかって出来てしまっていたのか判断がついていませんでしたが、しばらくすると壁に自分から擦りつけているとの目撃証言があり、やはり体が痒いのだろうと推測がつきました。そしてシンの状態をみて、薬を変更してゆきました。
 段々暖かくなり、四月に入る頃になると大分腰のあたりの筋肉が増えて、肉付きがだいぶ良くなってきました。しかし体の様子を見るために、寝て貰う時にブラシをかけると、かなり毛が抜けてしまい、腰の白い毛がなくなり、地肌の黒い色が目立つようになってきました。ただ擦過傷も、内ももの赤みもなくなり、皮膚の乾燥感も軽減してきていました。採血をして調べてみると、貧血は相変わらずですが、アレルギーの様な症状は、徐々に軽くなってきているようでしたので、飲み薬は貧血に対する薬とビタミン剤だけにしました。五月に入ると抜けてしまった毛も生えそろってきて、以前のシンに戻ってきたようです。正直なところ、痩せが進行してしまったときは「年齢のこともあるし、まずいなぁ」と思いましたが、何とか回復してきたようでほっとしています。今後もシンの様子に気を配り、健康管理を続けて行きたいです。

動物病院担当 金澤 裕司

« 206号の4ページへ206号の6ページへ »

一覧へ戻る

ページの先頭へ