209号(2012年12月)3ページ
アザラシくん『お手』!
「だいぶ爪が伸びてきたな〜」、「そろそろ切らなくちゃね!」、「どうやって切る?」、猛獣館299のアザラシプール前で、獣医さんと飼育員の会話のひとコマです。
日本平動物園では、オスのソラ、ソウヤ、メスのシズと、計3頭のゴマフアザラシを飼育しています。野生なら水中から陸地に上がるときや陸上移動するときに自然と爪が削れるのですが、動物園では野生環境より陸上移動も少なく、時々爪が伸びてしまいます。今回、活動的なソウヤは自然と短くなったのですが、おっとりした性格のソラと、お昼寝大好きなシズの爪が伸びてしまい、その切り方について相談していたところでした。
ではそんな時どうするかって?飼育員の指示で前脚を伸ばし、そのまま大人しくいている最中に爪を切る訓練(ハズバンダリートレーニングといいます)をするのですが、実はアザラシを日本平動物園で飼育したのはこれが初めて、担当飼育員もアザラシ飼育は初体験、爪を切るまでの訓練が進んでいませんでした。そんなわけで大至急、爪切りのトレーニングです。ちなみにこの時点で出来ることは吻タッチ(げんこつで口の先を触る)と、ソウヤが水中でお手をするだけでした。
トレーニングはまず、吻タッチをしている最中にうっかり触れたふりで前脚に触る練習です、最 初は驚いて嫌がりますが、ご褒美の魚をあげて慣れたところで、徐々に触る時間を伸ばしていきます。次に「お手!」と言いながら握手したい方の手をさっと横に振る、声と手で出すサインを繰り返し練習し、さらに水中で握手していたのを陸地で出来るように訓練します。ところが文章で書くのは簡単ですが、実際はなかなかうまく出来ません、ひと月たってもなかなか進歩しませんでした。
そんな折に他園館の飼育員と、日ごろの飼育について発表する飼育技術者研究会に参加する機会があり、アザラシの訓練に熟知した水族館のトレーナーの皆さまからいろいろアドバイスをいただきました。その中の一つが笛によるトレーニングで、(以前自分も笛の使用を試したのですが自己流の為か効果が無く、やめていました)あらためてアドバイスを参考に笛と餌の関連付け(一番最初に行う基本中の基本!)からやり直し、内容も以前はたくさんの指示を笛で出そうとしたものを「よし」、「駄目」に限定して他は声と手で指図しました。
トレーニング内容を変更して一週間ほど経った頃から徐々に変化が出始め、ソラが左手でお手を出来る様になり、しばらくして両手とも出来ました。1月後には陸地へ上がり大人しく待つことが出きるまで進歩しました。
いよいよ最終段階です。実際に使用する爪切り(普段私たちが使うものとは違い、ペンチの先が刃になったような道具です)を持って、お手の訓練時に前脚を触ります。初めて見るきらきら光る金属の道具に警戒して、なかなか前脚を触らせてもらえませんでしたが、根気よく繰り返し、爪切りトレーニングを開始して3ヶ月も経った頃、ソラは指示が出ている間両手で前脚を握っても大人しく待てるまでになりました。
いよいよ爪切り開始、「お手」、指示した左手を出してくれます。「パチン、パチン」大人しく爪を切らせてくれます。心の中で思わずガッツポーズ!!「反対」、続いて右手も同様に出来ました。無事ソラの爪切りが終わった瞬間、誰も見ていないプールの片隅で中年飼育員、思わず一人で踊ってしまいました(笑)。ところでもう1頭のシズは?実はトレーニングの進み具合も3頭それぞれ、残念ながら爪の伸び具合から判断して、今回は飼育員5〜6人掛かりで毛布で保定しての爪切りとなりました。
現在ではソラのレパートリーにゴロゴロなどが増え、シズもお手が出来るようになって爪きりまであと一歩です、次回は3頭とも爪切りができるようにとトレーニングをがんばる毎日です。
飼育担当 河村 茂保