236号(2017年06月)3ページ
コンドルとのこと
突然ですが、皆さん…人間生きていると、当然、個人それぞれの環境や状況等の差はあるものの、色々な事があるものです。
私達、飼育員も、飼育員としての【色々】があります。
最近、その【色々】が私にも起こりました。相手は、アンデスコンドル。現在、私が担当している猛禽舎にいる大型の肉食の鳥類です。実は、歴代の担当者にとって悩みの種が1つあり、それはこのアンデスコンドルの♀が担当者を含め、彼ら(彼女ら?)に関わる、猛禽舎に作業等で入る人間に必ずと言ってよい程、攻撃を仕掛けてくるからです。♂の方は、本当に大人しい個体で、まず人間に対してそんな事を仕掛けてくる事はないのに、この♀の方は、とにかく隙があれば攻撃を仕掛けてきます。
けれども、現在の担当者である私は、動物園で働くようになった初期の頃から定期的に何年か、このコンドルの担当になったり関わったりしてきましたが、何故か一度も♀から攻撃を受けた事がなく、むしろ避けられていたくらいでした。
もちろん、だからと言って相手は大型の肉食鳥(翼を拡げると3メートルはあります)、油断した事はなく、常に警戒を怠る事はなかったつもりです。
しかし、今年の4月の終わり頃、ついに私にも【その日】が来てしまいました。
【ある理由】の為、♀の突然の攻撃を避けきれなかったのです。
その理由は、私事で非常に恐縮なのですが、実は私は最近(2年続けてです。内容はそれぞれ違うものですが)ある病に罹ってしまい、身体の右側の2ヶ所が少し不自由になってしまいました。特に、最近罹った病は確実に私の身体能力を削減してしまい(日常生活には支障はありませんが)、正直、職業上必要な反応速度や動物の気配を感じる感覚が以前より鈍くなってしまいました。
そこを…その隙を、不意に突かれたのです。
アンデスコンドルの♀。彼女は、その、私にとって死角・盲点が多い、簡単に表現すれば弱点が多い私の身体の右側面の至近距離に、気配を消して不意に入り込み、そのまま鋭角に攻撃して来たのです。ちなみに普段、殆ど驚くという事がない私ですが、この時は少し驚きました。私が認識している《対》動物との、言わば間合いを、簡単にこの♀が凌駕してきたからです。
幸いにして、大した怪我もせず、ただ単にびっくりしただけだったので、そのまま作業を済ませ以降は何事もありませんでした。しかし、この一件があった後、私は考えました。こうした事があった時、大多数の人達は、この行動をとったコンドルを凶暴とか儜猛とか呼ぶのだろうなあ…と。
凶暴・儜猛?う~ん…?あくまで個人的な意見ですが、多分それは違うと思います。何故ならばコンドルはもちろん、地球上のあらゆる動物には、例外的な【たった一種類の動物】を除いて、善悪という感覚や概念が無いからです。動物は基本的に自らの【衝動】で行動しているだけで、『傷付けてやろう…咬んでやろう…引っ掻いてやろう』等と行動の内容を何かする事前に考えたり計画している訳ではないし、おそらく自分の行動そのものの意味も理解していません。そうした、ストレートな衝動でのみ行動する動物達を凶暴とか儜猛とか表現する自体、何か違和感を覚えます。では、例外的な【たった一種類の動物】、凶暴・儜猛という表現がぴったり当てはまる動物とは何でしょう。
そう…人間・人類です。おそらく人類のみ、明確に意識し、悪意を持って『何々をしてやろう』と考え行動に移すからです。しかも、多分地球上の生き物で唯一善悪というものを精神的に把握し、その行動が破壊や破滅をもたらす行動だと判っていながら(つまり悪い事を悪い事と知っていながら)実行する動物です。色々と承知の上で、わざと破壊行動や破滅的な行動を行う人類こそ、凶暴で儜猛という黒い冠が似合う生き物ではないでしょうか?
ですから、今回のコンドルとの出来事は、たまたま人間に対してアタックしたい衝動傾向にある♀が(彼女に悪意はないと思います。鳥類に善悪の判断ができる訳がありませんから)、何故か判りませんが今まで彼女が攻撃できなかった私が弱体化した事を、私の鈍化した動作等から察し、タイミングをみて感覚やスピード・注意が手薄になった身体の右側部分に攻撃を仕掛けてきたものと思われます。その驚くべき衝動の強さと観察能力に、正直、私は感心しました。
善悪が無い、善悪が存在しない、純粋な衝動で対象の弱点を弱点と判断し、そこを絶妙なタイミングで突いて来る…流石、野生動物だと改めて感じ、同時に、アンデスコンドルの知能の高さも再認識しました。
この飼育員としての【色々】…。今回も実体験として勉強になりました。
(飼育係 長谷川 裕)