でっきぶらし(News Paper)

一覧へ戻る

« 243号の4ページへ243号の6ページへ »

243号(2018年08月)5ページ

「キャンディのお引っ越し」

 15年前に日本平動物園に来園して以来、愛らしい顔と仕草で人気者のボルネオオランウータンのメスのキャンディ(40歳、実は本名はキャンデー)が、新しいパートナーとの繁殖に向けて、6月25日に千葉市動物公園へ引越をしました。
 キャンディと言えば・・・顔に似合わず頑固者で、お気に入りのドンゴロス(麻袋)をもらえないと激怒したり、暖かくてお天気のいい日は夕方になっても放飼場から部屋に入らず、「早く寝室に入ってくれよ~。入ってくれないとおれも帰れないんだよ~。」という飼育員を横目に消防ホースのブランコで遊んでいたりと、なかなか愛嬌のある憎めないキャラでした。そして、私のような怪しい獣医が夕方寝室に顔を見に行った時でも、すぐに落花生を受け取ってくれる優しいオランでした。
 しかし、いくら優しくてかわいいオランであっても、猛獣は猛獣です。引越の時には頑丈な動物運搬用の箱(檻)に入れなければなりません。あらかじめ箱が手元(日本平動物園)にあれば、引越前に数日間放飼場に置いておいて慣れてもらい、あわよくば自分から箱に入ってもらうこともあるのですが(これを「箱取り」と呼びます)、今回は引越当日に動物輸送業者が持ってくる箱を使うということで、残念ですが麻酔をかけて箱に入れることになりました。そして麻酔をかけるのであれば、ついでに体重測定、身体検査そして血液検査ができるので、健康診断フルコースを行ってから送り出すこととなりました。
 天気に恵まれた引越当日、業者に朝早く来てもらい、オラン舎前で飼育員と獣医師が箱をトラックから降ろそうとしたところ、一同「重っ!」。それもそのはず、小さいながら重厚にできている箱は280kgもありました。成人と同じくらいの体重57kgのオランでもパワーはものすごいので、これぐらい頑丈な箱が必要なのです。なんとか箱を放飼場内へ運び込むと、みんなキャンディのいる獣舎内へ移動しました。担当飼育員はキャンディから見えないところに待機し、獣医師が吹き矢に麻酔薬を入れて寝室の柵の前へ行きました。すると、普段クリクリの目で落花生を受け取って食べているキャンディとは別人(別オラン)の姿がそこにありました。何かされることをとっくに察知しているキャンディは、目をひんむいて口を大きく開けてキバを出し、大声をあげながらツバを飛ばしてきました。そしてキャンディは頭がいいので、吹き矢が命中しにくいように天井にぶら下がって素早く左右に動き、獣医師の隙をついて吹き矢の入ったパイプを奪い取ろうとつかみかかって来ました。このままだと吹き矢を吹くことさえ難しいので、一度仕切り直して今度は獣医師二人でキャンディの前へ行き、さっきと違う獣医師が吹き矢入りのパイプを持ち、先ほどの獣医師が吹き矢の入っていないパイプを持っておとりとなりました。キャンディは、先ほどの獣医師が吹くと思っているのでおとりの獣医師のほうへ威嚇を繰り返し、その隙にもう一人が吹いた吹き矢が命中しました。そして、キャンディは天井にぶらさがったまま麻酔が徐々に効き始め、鉄の棒を握っている手の力が少しずつ弱くなっていることが見てわかります。このままだと、麻酔が完全に効いた途端に頭からコンクリートの床に落下してしまいます。急いで近くにあったドンゴロスをたくさん持ってきて、飼育員が寝室の扉を開けてキャンディの頭の下にドンゴロスを滑り込ませました。ドンゴロスの上にキャンディが落ちてきて、飼育員が抱え込むようにキャンディの体をキャッチしました。ぐっすり眠っているキャンディをネットでくるみ、一通りの身体検査と採血を済ませると、園スタッフの男衆でキャンディを放飼場に運んであった例の箱に入れました。この後麻酔が覚めたのを確認してから、千葉へ向けて旅立って行きました。
 キャンディとのお別れは園スタッフ全員にとってもとても寂しいですが、9年間寄り添って暮らしてきたパートナーがいなくなってしまったジュンはもっと寂しそうです。でも、キャンディはきっと新天地で新しい命を授かると信じています。ジュンはにまたいい人(オラン)を紹介しますね!お幸せに!
(塩野 正義)

« 243号の4ページへ243号の6ページへ »

一覧へ戻る

ページの先頭へ