でっきぶらし(News Paper)

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265号(2022年04月)9ページ

「アジアゾウ シャンティに触りたい」

 皆さんは動物園にいらした時、動物たちを見てどのような印象をお持ちでしょうか?園内を歩いていると、「触りたーい」「餌あげたーい」という声をよく耳にします。野生動物本来の魅力をじっくりご覧いただきたいと思うのですが、限られた施設の中でその魅力を引き出せていない部分もあると自省しつつ…。昨今、動物園業界でもすっかりオンライン会議が主流となり、とある動物のオンライン会議で新施設の前にカフェコーナーがあるという話を聞いて、「動物見ながら一日お茶したいな…」とミュートを解除して思わずつぶやいてしまいました。心にゆとりを持ちたい今日この頃です。

 さて今回は、動物園の職員でもそう簡単には野生動物に触れないという、ちょっとキケンなお話です。アジアゾウのシャンティは御年52歳。3つ年上のダンボより若手ではありますが、国内で5番目に高齢なゾウです。以前から左前肢の爪の先に欠けた部分があり中に小さい空洞ができていましたが、冬になって縦に大きくひび割れてしまったので治療をすることになりました。朝9時過ぎか夕方3時半過ぎにゾウ舎を覗いたことのある方はご存じだと思いますが、当園のシャンティの飼育方法は「直接飼育」と言って、シャンティのいる寝室の中に飼育員が入り、出かける前に身体をきれいにしたり、牙の洗浄をしたりしています。体重が3.5トン位あるゾウですから、軽く鼻を振っただけでも人に当たるとケガをしてしまいかねません。国内でも過去に飼育員の死亡事故が起きています。ゾウに認められていないと一緒の部屋に入ることはできず、私達獣医師はなおのこと飼育員の制御があってこそ入室して診察治療をすることができるのです。飼育員でもゾウと信頼関係を築くのは一朝一夕には完成せず、何年もかけて培っていかなければなりません。

 以前は毎日獣医師が入室して朝夕のケアを一緒にやっていましたが、途中から安全対策の一環で慣れているゾウ班飼育員のみで日常ケアを行うことに変わりました。ゾウ班の新人育成を優先する目的もありました。私たちは寝室の外の通路から監視をして、近くで見た患部の状態がこうだったよと教えてもらいます。「どうしたらいい?」と聞かれると「診てみないと分からないので、お昼のトレーニングの時に放飼場に一緒に入ってもいいですか?」とお願いします。実際に放飼場に入ると、シャンティは普段入ってこない人(知っている人だけど)が入ってきたので「何かされるかも」とジャーっと滝のような排尿(滝のような量は普通です)をすることが多いです。爪の状態を見ながら「あーまた(排尿)」と言う声を聞くと、ストレッサーと化した身としては毎回結構心が傷ついているのですが、「ごめんね、シャンティ」と言いながら、めげずに診させてもらっています。

 私は毎日一緒に同じ空間に入って治療されることに慣れてもらい、獣医師の目線で処置をしたいのですが、飼育員の立場からするとシャンティがストレスを感じるし、もしもの時に(獣医師を)守れないから自分たちでやると、せめぎあいです。その動物のことを一番わかっているのは飼育担当者ですし、私もなるべくシャンティにストレスはかけたくありません。特にゾウに関してはゾウ班がいないと何もできない立場としては、安全面からも従わざるを得ません。危険を伴う野生動物の健康管理を安全に行うには、とにかくチームワークが大切で、飼育員と獣医師は車の両輪のような関係なのです。動物に健康で長生きして欲しいという思いは同じなので、互いに相談し「できる方法」を選んで最善を尽くします。ということで、獣医師が中に入るのは週1回程度で我慢し、話を聞いたり写真を撮ってもらったりしながら、こうしたら、ああしたらと相談しながら取り組んでいます。さしずめ遠隔操作(?)のようで、今流行りのリモートワークに似ているかもしれませんね。

 先日、昼に放飼場で診察した後、ゾウ班のベテランMさんと成長株Kさんから「もう一人で入ってもシャンティは(私に)向かって来ないな~ゾウ班に入っても大丈夫だよ」と言われ、「それって褒められているのかな?嫌われているようだけど…」と首をかしげて笑い合いました。「ゾウ班に入れてもらえるなら私も飼育やりたいよ~」この時ばかりはミュート解除して大きな声で叫んでしまいました。現在、動物も人も安全にケアができるように、通路に前足を出して治療をする練習をしています。一か月でできるようにするって話でしたけど、ゾウ班の皆さんどうですか?  

(松下 愛)


※アジアゾウのシャンティは令和4年5月5日に53歳で死亡しました。

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