273号(2023年08月)4ページ
モモイロペリカンの旅立ち
6月8日、1年以上に渡りバックヤード棟にて飼育してきた3羽のモモイロペリカンたちが、他の動物園へと旅立っていきました。今は「本当に肩の荷が下りた、やれやれ。」という気持ちとともに、「みんな元気でやっているかな~」と3羽のことをふとした時に思い出します。
思い起こせば、昨年の4月1日、忘れもしないこの日から私とペリカンたちとの関係が始まりました。その日私は休みでしたが、夕方仕事の相方である代番者から一本の電話が入りました。「ペリカンのオスが巣の中で卵を抱いた状態で死んでしまっています。」エイプリルフールにしても悪い冗談としかとれないショッキングな内容のものでした。当園では初となるモモイロペリカンの繁殖に前年に成功し、さらに2年続けて2ペアのペリカンが見事に産卵・抱卵し「よーし。今年もうまくいってくれ。」と期待に胸を膨らませていた矢先の出来事でした。本当に残念でしたが、そのままの状態にしておくわけにはいかず、代番者がオスの遺体を慎重に巣から回収し、その後しばらく様子を見ていましたが、もう1羽のメス親も、またその隣で抱卵していたペアまでも、警戒し巣から離れてしまい、巣には戻ってくれませんでした。2つの巣には卵が4個残されました。死亡したオス親のカンちゃんがまさに命をかけて守ってくれていた貴重な卵。この卵が私へと託されました。
孵卵器(人工的に卵をふ化させる機械)は、少し前にペリカンが1卵だけ他の場所に産み落としていたものが入れてあったので、幸いにもすぐに卵を入れられる状態になっていました。しかし、私は30年以上飼育係をやってきましたが、孵卵器でヒナをかえした経験はありません。とにかく卵のふ化に関する本・資料を徹底的に読みあさり、自分なりに孵卵器の中の温度・湿度・転卵など、卵の成育にとってベストな状態になるよう細心の注意を払いました。それでも途中の検卵ではどうも無精卵っぽいようでダメかと思われましたが、きっとカンちゃんが姿を変え、卵の中で小さく丸まって生きている、とずっと信じ続けていました。そんな拝むような日々が過ぎていき、3週間ほどしてからの休日の夕方、また代番者から一本の電話。「卵の中から鳴き声が聞こえます!」「なにー!?まじかー!?」。その後ファンファンと子犬にも似た鳴き声が卵の中から度々聞こえるようになってきました。そして数日後には卵の殻にひびが入り1羽がふ化、翌日と4日後にもヒナがふ化し、合計で3羽のヒナが卵からかえりました。
さてそれからというもの、初めのエサもうまく与えられず、飼育環境も整えられず、とダメなところばかりで、他園の方のアドバイスがなければうまく成育させることはできなかったと思います。貴重なアドバイス、本当にありがとうございました。また私自身にしてみれば、今回はまさに「全身全霊」の飼育でした。皆様の前にお披露目できずに残念でしたが、3羽のペリカンたちは縁あって山口県の「宇部市ときわ動物園」へと旅立っていきました。宇部市民の皆様に末永く愛されることを願っております。いつか必ず会いに行くよ。
松永 亨