43号(1985年01月)6ページ
良母愚母 第三回(猛獣編)【ライオン(良母の力発揮も束の間)】
出産が夢だった、がうませる訳にはゆかなくなった。そして避妊手術を受けた。良母の力発揮など夢の又夢になった。ライオンのトーイの歩みは、ピューマと全く軌を一にしています。
開園当初、どういう訳かやって来るのは老ライオンばかり。発情がきて、交尾はするもののそこまでで、妊娠には至りません。こんなしゃくな話はない、という訳で新たに求められたのは、子供のライオン。手塩にかけて育てて繁殖を計ろうとしたのです。
猛獣の中でも、最も繁殖に導き易い動物と言われながら、トラやヒョウの後塵を舐め、繁殖に至るまで二年の歳月を要しました。
初産は死産に終わったものの、二度目、三度目は無事に出産、その育児は見事なものでした。ライオンは、トラと違って社会性の強い動物です。野生では我が子でない子ライオンだって、乳を欲しがれば与えると言われています。この猛獣舎の一角でも、一番ほのぼのとしたものを感じさせてくれたのは、ライオンの親子でした。
単独生活を好むネコ族の中で、ライオンは例外中の例外。それが遊びにおいても、子供同士だけでなく、親子での遊びも結構見られるなど、より細やかな愛情を注ぐ習性を身につけさせたのかもしれません。
それは、オスにも通じます。たいていの場合、オスと一緒にするのにためらいが生じるのに、ライオンの場合はむしろ逆です。積極的に進めていったほうが、楽しい光景に出会えます。オスも又、すばらしく子の面倒みが良いのです。
「はあー」語れば語る程、ため息がでてきます。全ては過去の夢でした。愛らしい光景を描き終えた頃、立ち向かってきた厳しい現実。ライオンは、何処の動物園でも満杯だったのです。ピューマに舐めさせた悲哀を、ライオンにも舐めさせざるを得なくなったのです。
ピューマにしても、ライオンにしてもいい母親でした。しかしながら厳しい現実が、良母の力を発揮させなかったのです。哀れと言えば哀れ、無念と言えば無念。それにしてももう一度見たい、味わいたい夢です。