110号(1996年03月)9ページ
動物の仕草あれこれ?V(草食獣編)【バイソンの誘惑】
かつて絶滅の危機に瀕していたとはおもえないほど、バイソンは増えに増えています。日本の動物園でも、そうは簡単に見られなかった動物ですが、今はたいていの動物園で容易に見られるようになりました。
簡単に見られるようになったのは望ましいことです。何の異論もありません。が、現場で動物を扱う者として、それが高じて「増やしてはならぬ。引き取ってくれるところがない。」と言われると、何ともやるせない気持ちになってきます。
今のオスには断種手術がほどこされています。そう、遠い日のバイソンのあの恋語りは聞けないのです。ぜひ、もう一度聞きたい恋語りですが…。
昔日、オスにはメリーとナオコなる二頭の妻がいたのですが、そのオスは若いナオコより、むしろ老齢のメリーに執着していました。単純に人間的に考えれば?がつきますが、メリーのオスに対する仕草を見ていれば、聞いていれば自ずと納得です。
やさしいのです。恋の季節がくれば、オスの体のあちこちを舐め始めるそうです。体に火をつけられたオスは、当然メリーに向かいますが、メリーはすうっと距離をあけます。
全く逃げてしまうのではなく、一定の距離をおくのです。オスが疲れて座り込むと、それとなく又オスに近寄り、やさしくいたわるように再び体を舐めます。オスはすうっと…。
直情的に行動するナオコも妊娠しなかった訳ではありません。むろんメリーもです。ただそこに至る過程で、メリーはオスを悩ませたのです。付き合い上手だった、というべきかもしれません。
地味な動物で、写真好きの私でも彼らのはそう多くはありません。でも、それなりに愛らしい子の写真を見ていると、夢よもう一度との気分になってきます。
(松下憲行)