でっきぶらし(News Paper)

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61号(1988年01月)9ページ

ピグミーマーモセットを育てる

 生まれた時の体重が13から15g、こんなサルをいきなり大きくしろ、と言われて当惑しない飼育係がいるでしょうか。いないでしょう。恐らく顔面蒼白、お先真っ暗な心境になると思います。
 データとは有難いものです。そんな不安や絶望的な気持ちを包み込むように和らげてくれます。どのように扱い対処すればよいか、とにもかくにもプログラムできるのですから。
 1月11日、6月12日、11月11日、これは昨年にピグミーマーモセットが出産したそれぞれの日々です。ほぼ5ヶ月置きのきれいなリズムを作っているのが分かりますが、と同時にやたら「生む」感じも否めません。
 いわくのついたキンクロライオンタマリンの飼育に代えて、ピグミーマーモセットが飼育されたのは昭和61年10月。1月の出産は比較的早い「おめでた」ではありました。ですが、後がいけません。父親と母親のかいがいしい面倒見にすっかり安心、大丈夫であろうと思い始めた矢先の2日後にガクッ。人工哺育に切り替える間もなく死亡してしまったのです。
 胃内には、ミルクが全く入っていなかったそうです。とすれば何を考えればよいでしょう。そう、母体に欠陥、乳が出ていなかったとの判断が最も妥当ではないでしょうか。それだけに2度目は、6月12日の出産、周囲が非常に神経質になる中で迎えました。父親や母親の、それに小さなコブが2つついているような赤ん坊の動き、特におかしな動きは見逃すまい、と。
 一般に大型類人猿の場合で72時間、ニホンザルのような真猿類の場合で48時間、それぐらいは哺乳がなくとも耐えられるといわれています。が、相手は14g内外の赤ん坊、24時間がぎりぎりの限度でしょう。それまでに結論を出さねばなりません。翌日になっても子は落ち着かず、父親の胸にさえもごそごそとし乳を求める仕草を続けていたそうです。このまま放っておけば赤ん坊が危ない、前回同様の結果を招いてしまうであろう、との判断から人工哺育に切り替えられました。
 面倒見のよさ故に託したひとかけらの望みも、あえなく砕かれました。3度目の11月の時は、全てが予想、予定通りのパターンをたどってゆくだけでした。改めて要約すれば、親が子を生む、そしてしっかりかいがいしく面倒を見る、だが翌日になっても子は落ちつかない、だから取り上げて人工哺育にするのです。
 長々と、だらだらと何故人工哺育にしなければならなかったのかを語り過ぎたかもしれません。それは私自身の意見として、いえ一飼育係の立場ながら、人工哺育による苦労よりも、本来あってはならない、できればすべきではない人工哺育にあえて何故唐ン切ったかを知って頂きたいが為にです。
 ピグミーマーモセットは、ピグミーマーモセットの親が育ててこそ、ピグミーマーモセットなのです。人が育てれば、姿、形、外見だけのピグミーマーモセットになってしまいます。だからこそ、避けられるものなら避けたかったのです。彼らを自らの手で大きくすることが、どんなに飼育技術の向上につながってもです。はっきり申して、その結果の悲劇を見過ぎました。空しさを味わい過ぎました。
 しかしながら、眼の前で衰弱してゆくのを座視できるでしょうか。そんなことをすれば飼育係の恥です。いいえ、それ以上にどんな形であれ、繁殖は飼育係の勲章であるとの気概も一方では抱いています。
 場合によっては、死ぬのが分かっていても挑みます。古い記憶ながら、パルマワラビーでそんな経験があります。まだ毛も生えていない赤ん坊が袋より落ちた為にですが、結果は一週間しか持ちませんでした。ピグミーマーモセットの場合は、すべての条件は整っていました。野菜の種に例えるなら、畑はきれいに耕され、かつ肥料もまかれていて、後は種を植えるばかりになっていたのです。育つ、育たないは種自身の生命力にかかっていました。もう少し厳しく言うなら、飼育係がドジをするかしないかだけの状態になっていたのです。
 初めての経験で不安が伴う時、これは有難いことです。もしいきなりであったら、冒頭に述べたような事柄の為に、小心者の私のこと、ストレスをためて胃炎でも起こしていたかもしれません。
 助力を仰いだ、前回の経験がある方からも「楽だよ。ミルクを与えれば飲んでくれるのだから。」と緊張をほぐしてくれました。もっとも、前回と違って寒さが厳しくなる時期に入っていたので、それだけは充分に気をつけねばなりませんでした。それは、離乳し、もう一般公開している今も続いています。一度風邪を引かせればパア、大きくなったといっても恐らく5〜60g、体力のなさは語るまでもないでしょう。
 それにしても2頭同時の人工哺育は、私が人工哺育に抱いていた失望感を砕きつつあります。今、2頭だけながら、ピグミーマーモセット同士で思いやり、いたわり合い、時に喧嘩もし、自分達の世界を作りつつ健やかに過ごしているのですから―。
(松下憲行)

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