でっきぶらし(News Paper)

一覧へ戻る

« 30号の6ページへ30号の8ページへ »

30号(1982年11月)7ページ

思い出の動物

(川村敏朗)
担当替えにより、アシカからフライングケージの担当となる。かれこれ10年ぐらい前になると思うが、当時フライングケージ内には、3種類のツルを飼育していた。アネハヅル、カンムリヅル、そしてオオヅル。思い出の動物は、この中のオオヅルについてのお話である。
前の担当者が、産卵までにこぎつけ、その後を私が引き継いだ。当時、バーバリシープが仔を産んだ、ヤギが生れたと喜ぶ雰囲気の中で、“オオヅル産卵”は1つのニュースとなった。
ツルは縄張り意識が強く、強靭なくちばしのひと突きで、ペリカンを殺してしまったこともあった。翼をひろげ、ハーハーと首をのばし近づいてくるのには、一種の迫力があった。だから、清掃や給餌の時、オオヅルからは絶対に目を離さず、動きを見ながら作業をした。
産卵後1ヶ月ほどで、1羽のヒナがかえった。正しく言うと、2羽かえり、1羽はヒナのうちに死んだのではないかと記憶する。自然界のツルは、2卵産み、2羽かえり、弱い方のヒナが死に、強い方のヒナが1羽だけ育つケースが多い。
自然界のツルのヒナの餌は、種類、量等に豊富ではあるが、動物園では餌の種類はどうしても限られてしまう。鯵の切身、小麦、青米ぐらいである。あまり高蛋白なものばかり与えると、身体の成長が早くて足でささえきれず、立つことができなくなってしまう。そのために、昆虫類を多めに与えることが好ましいと聞いていた。さっそくバッタ、コオロギ、ミミズ取りに出かけた。日よけの帽子をかぶり、肩から採取箱、そしてたもをもって、運動靴をはいて餌取りに励む。20才を過ぎた大の男がこの格好で、バッタやコオロギを追いかけている姿をみた人は、何と想像したであろうか?・・・でも仕事、仕事、かわいいツルのヒナがじょうぶに育ってくれる為ならば・・・。
ツルの成長ははやいもので、すくすく育って色さえ違うが、4ヶ月令位でもう親と同じくらいになった。飼育人の苦労も知らないで、私が近づくとにげて親のもとへ行ってしまう。
前にも書いたように、ツルの縄張り意識は強い。たとえわが子でも、一定の時期がすぎれば、敵とみなす。それが現実となり、親に追われ、仔は傷を負ってしまった。はやく親と仔を分けなかったのは、私のミスである。
「でも、これほどまでに徹底的にやられるなんて!」
ショックだった。さっそく他の場所へヒナを移した。ヒナにとってもかなりのショックだったであろう。今まで餌を与えてくれていた親が、一変して鬼と化してしまったのだから・・・その傷のダメージのためか、精神的なダメージのためか、ツルのヒナは動物病院で死亡してしまった。私のミスからせっかくこの世に生れてきた命をなくしてしまったのだ。かわいくても今までふれることができなかったヒナをさわれた時は・・・動物園に勤めて初めて涙したことである。最近では、自分の担当している動物が死んでも涙を流さない。良いことなのか、悪いことなのか・・・。
「○○さん、あの時の純粋な気持ちは、どこへいってしまったのでしょう?」
飼育業13年、もう一度初心にかえってやるべきではないだろうか、と考える近頃である。

« 30号の6ページへ30号の8ページへ »

一覧へ戻る

ページの先頭へ