でっきぶらし(News Paper)

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32号(1983年04月)2ページ

開園以来の動物 (第1部)

私たち飼育係が書く新聞“でっきぶらし”は何とか月1回の発行を積み重ねて、今号で15号を数えるようになりました。毎月せっぱ詰まって書き続けながらも、良い事にしろ、悪い事にしろ話題がよくぞこんなにあるものと、本当に驚きます。裏話をちょっと漏らせば、多彩な話題の一部についてどう表現しようか、伏せてしまおうかと迷い、編集部で口論とまではいかなくても、かんかんがくがくとやり合ったことは、ちょくちょくありました。
ここでは“死”も、ひとつのニュースとして、隠し事はしないで扱っています。それは飼育係の書く新聞として、非常にに大切なことだと思います。問題は、そんな過程にしばしば起こる残酷なできごとです。率直に書きたい、が、そうすると誤解を与えてしまわないか、あまりにも露骨な一面だけを強調してしまわないか、そんな風に悩んでしまう訳です。それと性の問題。やんわりと表現するのにずいぶん苦労します。動物はそんな行動に対して、極めてストレートでかつおおらかです。それをそのまま表現してしまうとなると、読んでいるのは大人ばかりではありませんから、やはりちょっと気を遣い、考えてしまいます。そんなこんなの思案で、読者の反応を知りたい、意見を聞きたいと思ったことが度々あります。
さて今回の話題提供は、開園以来の動物です。わずか14年の経過ながら、世代が入れ替ったり、新着動物との交替等で、開園以来の動物もずいぶん少なくなってしまいました。哺乳類で14種20頭、鳥類で16種45羽、期間が期間ですから、驚く程少ないと思えなくもありません。少ないか多いかは別にして、やはり感慨深いものがあります。それらの動物を開園時より振り返って、懐かしい思い出、こぼれ話や苦労話等を順路コースに沿いながら、紹介説明してゆくことにしましょう。

◆フラミンゴ◆
順路コース1番は、フラミンゴです。繁殖賞を受賞した動物の折りにも触れたように、ここにはベニイロ、チリー、コガタと3種類のフラミンゴが飼育されています。この中の2種類、チリーとベニイロフラミンゴのほとんどが開園以来で、紆余曲折を経ながら今日に至っています。
群れで飼われていて、飼育係との密接な交流があった訳ではありませんから、今ひとつ懐かしい思い出に欠けますが、昨年初めて産卵し、チリーフラミンゴは何とかフ化までこぎつけてくれました。かなりの高齢と思えるものの、今後まだ産卵は期待できそうです。今年こそフラミンゴの赤ちゃんが元気に育っています、と、そんな明るい話題を提供できたら幸いです。そう意気込みたいものです。
ところで、フラミンゴがああも鮮やかな色が出るのに、不思議に思われたことはありませんか。ただ漫然と餌を与えているだけでは、決して鮮やかな色彩は出ません。餌をひと工夫して、フラミンゴ用の固形飼料の他に、ミキサーにかけどろどろにした青菜、リンゴ、ニンジンと、それにアオノリ、アミエビも与えています。これらのカロチンの高い飼料が、鮮やかな色彩を出す秘訣と言えるでしょう。また、そんな心遣いが、今日までほとんど死なせずに至れたのかもしれません。

◆オランウータン夫婦◆
フラミンゴの池を過ぎてキジ舎を通ると、次は類人猿舎です。この中のオランウータン夫婦が、開園以来ずっと飼育されています。来園時、まだ体重は17〜18kg、推定3〜4才の子供だったのが、今ではオスの体重が100kg内外、メスも72〜3kgとなり、立派に成長しています。出産も51年1月以来4度も経験、男盛り、女盛りを迎えているだけに、今後もまだ出産は期待出来そうです。
現在オス親は別居させられ、しがないやもめ暮らしを続けていますが、これは元来父・子関係が成り立たない習性のためで、決して虐待している訳ではありません。
その隣の小さな獣舎に、オランウータンの母子がいます。オランウータンの名は、いまひとつ大衆性がなく、たいていゴリラやチンパンジーと間違えられてしまいますが、母子の仲睦まじさが見られるとあって、人気は抜群です。かわいい、かわいい、ちっとも飽きないと言う声がよく聞かれ、日曜日や祝日はいつも人だかりの山を築いています。
いうまでも親子の仲睦まじい様を見せてあげられれば、どんなに素晴らしいでしょう。クリコ(メスの通称名)は、まだまだ子を産むことができるはずです。お客様がくつろぎ、自然にほころんでくる笑顔を見る時、これこそ最高の観客サービスであると思え、次の繁殖に向って、新たなファイトが湧いてきます。
飼育記録は、外国の動物園で44年以上と言うのが何例かあり、相当の長寿であることをうかがわせます。ただ動作がゆっくりな上に、非常に太り易い体質の動物です。ぶくぶくに太ったオランウータンなんか、野生にいる訳がなく、そんな風にすれば繁殖も望めなくなるばかりか、せっかくの観客サービスも台無しになってしまいます。

◆モンキー舎◆
類人猿舎を過ぎると、次はモンキー舎です。現在ここに5種類が飼育され、その中のシロガオオマキザルの夫婦とダイアナモンキーの夫婦が開園以来と言う訳です。まあ主のような存在と言ったところでしょうか。
ぐうたらママや繁殖賞を受賞した動物、あるいはモンキー舎便りなど様々な話題を提供していたのを、思い出して頂ければ幸いです。サルは一般に社会性が強く、喜怒哀楽の表情もかなりはっきりと示します。それは見ようによっては、変化があって楽しいのですが、飼育係とやたらにトラブルを起こす一面も持っています。仲間同士の喧嘩で泣きわめいているかと思えば、飼育係の顔を見ると威嚇して向って来たりして、いささかうんざりしてしまう時もあります。
はっきりと老いの見えるシロガオオマキザルのメス、来園当初から体が弱く、流産、死産をよく繰り返し、ずいぶん心配をかけさせてくれました。しかしそのお礼はと言うと、犬歯をむき出しての攻撃姿勢であり、それ以外の何ものでもありませんでした。若い頃はその態度にムカッとして、オリ越しによく喧嘩したものです。10年、本当に10年経ってやっと、それが健康の証として受け止められるようになりました。
ダイアナモンキーにしても、一見気品があっておとなしそうに見えるのがミソです。ところがどっこい、特に親父が怒り出すと、手がつけられないと言うか、やたら犬歯を見せびらかして怒る形相には、いささか足がすくみたじろいでしまいます。何かやむを得ない事情、病気や怪我で子を捕まえた後の数日は、更に要注意です。眼が合うどころか、姿をチラリと見せただけでも、鉄格子にぶっつかるようにして激しく向かってきます。
サルのこんな気性は、飼育係には全くと言っていい程人気がありません。それでもよく付き合っていると、それらのひとつひとつが、彼らの言葉、意志表示であることが分かってきます。決してむやみやたらと向かって来ている訳ではありません。それ等が理解できると、サルの飼育も楽しいものとなります。

◆猛獣舎・トラのカズ◆
モンキー舎に対面して猛獣舎があります。クロヒョウ、ヒョウ、ピューマ、ライオン、トラ、ウンピョウの6種類が飼育されていて、この中のヒョウのオス(ゴロー)、ピューマのオス(キング)、トラのメス(カズ)が開園以来のものです。
この3頭の内で、一番いろいろな思い出があるとすれば、トラのカズでしょう。31頭に及んだ出産は、ひと口にはとても語れぬ感慨深さがあります。最近、3番目のオスとの間にできた子は、不幸にも死なせてしまいましたが、28頭も自らの手で育てあげている立派な母親です。ただ1度、初産の時だけ人工哺育にしました。それも大事を取った為で、もう少しじっくり見守っていれば、カズが育てあげたかもしれません。
このカズのひょうきんな思いでと言えば、開園して間もない頃、カズがまだ子供だった時です。血液採取する為に、カズをたもで捕まえることになりました。一応血液採取は無事に終え、そこまではよかったのですが、カズが暴れて、たもから脱出してしまい、取り囲んでいた獣医、飼育係、そして勉強する為に手伝いに来ていた実習生が慌てて扉のほうへ向かいました。ところがあまりにも急ぎ慌て過ぎて、扉に強く衝撃を与えてしまい、安全ピン(扉の下にある、施錠しなくてもしめられる装置)が落ちて、出るに出られず部屋の中に閉じ込められてしまったのです。
一番ショックを受けたのは実習生、顔が見る見る青ざめたかと思うと、ガタガタ、ガタガタ震え始めました。どうしようもなく大きな声で助けを呼び、やっとその声を聞きつけてくれた子供の機転で、他の飼育係の助けが得られ、何事もなく終わりました。
向かってくる危険がないので、たもで捕まえたのですが、実習生にとっては、子供であってもトラはトラ、たもからの脱出、そして一緒に閉じ込められてしまったのは、相当のショックのようでした。

◆ヒョウのゴロー◆
新しい妻とはなかなか馴染めず、しがないやもめ暮らしのヒョウのオス、ゴロー。開園以来と言うより、厳密に言えば開園して十数日経ってからの来園でした。
今は亡きメスのヨッコとの間にできた子は16頭で、無事に育ったのは自然保育の1頭、人工哺育の2頭と、わずかに3頭だけです。その自然保育で育った子が、隣にいるクロヒョウのオスであろうとは、説明しなければわからないでしょう。ふつうのヒョウからクロヒョウが生まれる、不思議な気がしないでもありませんが、ちょっとした遺伝子のいたずらで、こう言う事もあるのです。
もっとも当のゴローにとって、クロヒョウのオスが我が子であろうとなかろうと、全く関知しない話です。ゴローが語るとすれば「そりゃあ、ヨッコとは知らぬ仲とは言わないよ、今だって懐かしい女房だ、長年連れ添ったんだからね。」「だがね、急につれなくなることがしょっちゅうあってね、不意に姿を消してしまうんだ。」「その間に俺の子が生まれたなんて言われても心外だな、迷惑だ、知ったことじゃないよ。」さしずめこんな返答、言い分が返ってきそうです。
父・子関係が成り立たないケースは、ヒョウを含むネコ族に限らず、哺乳類に割合多く見られます。命を宿させる以外に役割がない為でしょうか。子育てにオスは無用とは、同性としてちょっと淋しい気もしてきます。

◆ピューマのキング◆
ちょっとびっこをひきながら歩いているピューマのオス、キング。最近は担当者の努力で太めだった体も、かなりスマートになったものの、寄る年波の衰えか、最盛期の毛づやの良さは、見られなくなったように思えます。
トラのカズが3頭目のオスを迎えているのとは逆に、このキングは3頭目のメスを迎えています。かつてピューマの出産は夢でした。最初のメス、クィーンも、2頭目のメスも妊娠はしたものの、結局無事に産む事ができず他界していったからです。子を産むのは命がけ、世間一般に言われる常識です。ピューマはそれを文字通り、悲劇の形で示して、難産の末この世を去りました。
こうしてメスを亡くし、キングは3頭目のメスを迎えたのです。待望の赤ちゃんはしばらくしてから生まれました。でも皮肉と言うか、何と言うか、せっかく生まれてもピューマの子は全く人気がなく、最初の頃はなんとか貰い手を探すことができたのですが、とうとう、赤ちゃんを産ませる訳にはいかなくなりました。
ピューマ夫婦は別居させられ、その生活はつい最近まで続きました。同居させられるようになったからと言っても、子を生ませられるようになった訳ではありません。メスの体にピルを埋め込んでの同居です。ピューマの赤ちゃんが欲しい、そんな時代が来るまで、じっと我慢、我慢するしかありません。

猛獣舎を過ぎると、アメリカバイソン舎があります。もし1年前にこの主題で書いたなら、ここも紹介するコースとなりました。しかし、昨年のオスのキッドが皮膚ガンで、メスのシズカは7頭目の赤ちゃんを産めなくての相次ぐ死亡に残念と言うしかありません。
今、ここに残っているのは、長女のメリー、メリーの産んだ子ナオコ、それに婿養子に来たオスの3頭です。世代が入れ替って残っているひとつのケースと言えます。

◆キリン・富士雄◆
このバイソン舎を過ぎると、キリン舎です。3頭がいつものように並んで、柵の鉄棒を飽きずになめているのを見ると、何とも仲睦まじい親子夫婦の情景です。しかし、カズキと名付けられた子は人工哺育で育てられ、カズキを産んだトクコとその父親との間柄も、夫婦のような親子のような、なんともややこしい間柄です。
ここにも世代の交代は忍び寄り、トクコを初め、4頭の子を産んだタカコはすでにこの世にはなく、開園以来として残っているのは、オスのフジオだけとなっています。すぐに代りのメスをと言っても、おいそれと簡単にはいきません。すでに大きく成長したトクコを妻に迎えさせるしかありませんでした。
近親交配は、動物にだって望ましくなく、極力避けるべきものです。しかし、そうはうまくいかず、いけない事と分かっていても、この辺ぐらいまではと、ついつい一緒にしてしまっているのが実情です。
かつて、上野動物園で、網目模様のないアミメキリンが生まれたことがありました。近親交配を続けたことによって、劣性遺伝子が出てきた結果と言われています。このようなことを考えると、先行に多少の不安を覚えます。フジオも今は元気と言っても、いずれは衰えてきます。その時に新しいオスが、容易に手に入るかどうかです。当園のような、アミメではなく、マサイキリンの飼育例はそう多くありません。何年か先かは分かりませんが、世代の交替期にはひと苦労しそうです。
以下、次号に続く。
(松下憲行)

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