でっきぶらし(News Paper)

一覧へ戻る

« 44号の8ページへ44号の10ページへ »

44号(1985年03月)9ページ

期待むなしく三度目のキリンの人工哺育 

佐野一成
 二月十八日午前〇時三十七分にキリンの徳子が、三回目の出産をしました。徳子はこれまで出産しても、子の面倒を見ないので、私達が人工哺育してきました。今回は三回目になるので少しは期待していましたが、残念ながら以前と同じで、まったく面倒を見ようとしません。そこで今回も人工哺育に切り換える事にしました。
 キリンの妊娠期間は、普通最後の交尾日より数えて四四〇日〜四五〇日なのです。ですから一年三ヶ月ぐらいお腹の中にいる事になります。当園の徳子の場合をみてみますと、一回目が、四六三日、二回目が四六一日と普通より少し長いのです。そのため、今回三回目の出産予定日は四六〇日と考え、二月二十日前後としましたが、四五八日目に生まれました。
 出産予定日が近くなってきたある日、担当の私を含め飼育課員は、今回の出産について話し合いました。“99%は今回も面倒を見ないだろ”という意見が多く、あきらめているもののそれでも1%をたくして、徳子に期待をよせていました。しかし、もしだめだったらあわてないようにと哺乳ビンや牛乳をわかすヤカン等を用意しておきました。
また、出産十日前より観察を強化することになりました。二十一時は宿直の人にお願いし、真夜中の〇時に交替で観察をして、出産の予知をしようと体制をとりました。
二月十七日、日曜日の午後入舎しようとすると、陰部より粘液がいつもより多く出てきていました。出産が近いかなと思いながら、餌を食べているのを見ていると、いつものように食べとても今日出産するとは思えないほどの食欲でした。前回二回の出産では、出産が近くなると残餌が多くなり、当日にはまったく食べなくなったのです。
しかし、動作がどことなく微妙にいつもと違うので、いったん帰宅し、夕食後再び見に来ました。徳子は、いつものように壁をなめ、反芻しているので、宿直者に巡回する時にキリンの様子を注意して見て下さいとお願いして帰ることにしました。
帰って一時間もしないうちに、キリンが破水して出産しそうだと電話がかかり、また動物園に急いで向かいました。私がキリン舎に着くとすでに出産は始まっており、前肢が一本五cm位露出していました。徳子は、ゆっくりした足どりで室内を歩きまわっており、反芻したりして余裕さえも感じられました。“この調子なら、今回は自分で育ててくれるかも知れない”と、淡い期待が皆の心の中に広がりました。
前肢一本が見えてから、軽い陣痛は見られるものの、それ以上なかなか出てきません。前肢のもう片方がひっかかってしまったのではないかと心配していたところ、二十二時十七分に陣痛とともに二本の前肢がそろって見えてきました。これで一安心。正常分娩では前肢二本が出て、プールに飛び込むような姿勢で落下するのです。もし、キリンが難産であったら、麻酔はかけられないし、もうお手上げです。しかも親子ともダメになってしまう危険性があります。
二本の前肢が入ったり出たりくりかえしているうちに、陣痛の間隔が短くなってきました。待つこと三時間半、頭部が出てきたかなと思うやいなや、強い陣痛とともに子の体がズルズルと出てきました。二月十八日午前〇時三十七分、バシャーンという音とともに赤ちゃんキリンが産み落とされました。すると同時に羊水が、バケツで水をこぼすような音で、ザザーと子の体にかかるように出てきました。子は、ピクピクと羊膜をかぶったまま、少し動いています。
その瞬間から徳子の態度は一変し、目は血走り、鼻の穴を大きく広げ鼻息が荒くなり、床を前肢でたたく威嚇動作が見られるようになりました。
「ああ、こりゃまただめだ!!」
急いで徳子を放飼場に出し、私達は赤ちゃんキリンの身体をタオルやワラでふき始めました。母親がなめるとすぐに乾くのですが、人がやると不思議なことになかなか乾いてくれません。
この時から、三度目の人工哺育が決定してしまったのです。子はオスでした。とても元気な個体で、生まれて一時間もしないうちに立ち上がろうとしました。
「もうちょっと待ってくれよ!!」
立とうとする子を押さえながら皆で体をふくので、こちらの服は黄色の羊水でベタベタ。そうやってふいているうちに、どうにか子の身体も乾いてきました。
「さあ、もう立ってもいいよ!!」
最初は、こわごわ立っていましたが、次第に少しずつ四肢に力がついてゆきました。
翌日、午後一時に例の特製哺乳ビンを使って、ホルスタイン種の初乳を飲ませてみました。すると、すぐに乳首にうまく舌をまるめて、あっという間に、一L飲んでしまいました。これまでは、順調に哺乳するようになるまでに3日ぐらいかかっていたのに、今回は初めからスムーズに飲んでくれて、ほっとしました。これから五ヶ月は哺乳が続くと思います。元気に育ってほしいものです。出生時の大きさは、頭頂高百八十cm、胴長六十cm、肩高百二十二cm、胸囲百cmでした。
一度見に来て下さい。名前は一八(カズヤ)です。よろしく!!

« 44号の8ページへ44号の10ページへ »

一覧へ戻る

ページの先頭へ