でっきぶらし(News Paper)

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44号(1985年04月)6ページ

良母愚母 第五回【オグロワラビー(ビビは愚母なれど…)】

 有袋類、カンガルーの仲間、と言ったほうが分かりいいでしょう。体格が小振りなだけで、ピョンピョン飛び跳ねる姿はカンガルーと何ら変わりありません。この仲間の魅力は、赤ちゃんが大きくなると袋(育児のう)より顔を出すこと。その愛らしさは、格別です。
 もっとも見方を変え、飼育する立場からすれば、袋より顔を出す頃は落下の恐怖にさらされます。順調に育っていた子が、その事故で何頭も死んでいます。これは、母親の良し悪しで片付けられる問題ではありません。ある程度はやむを得ない、と割り切るしかないのです。
 野生では、餌に窮すると母親が自ら放り出すと言われています。驚かされるのは、受精したまま発育のしていない胎児がお腹の中に残っていて、袋の中の子が死ぬとその胎児が代わって成長し始めることです。この辺は他の哺乳類と全く異質です。
 袋から落ちた子は、必ずしも死ぬとは限りません。発見がはやく、かつある程度の成長、五〜六ヶ月経ってさえいてくれれば、私たちの手によって何とか大きくすることができます。今までにそうしてビビとヒロの二頭の個体が、飼育係にバトンタッチされて大きくなりました。
 そのビビが一人前になると、どうも愚母ぶりを。子が成長して袋から出たり入ったりする頃より、耳をかじり出すのです。一頭目はわずかでしたが、二頭目は根こそぎ。少しずつかじって、挙句に耳なしワラビーにしてしまったのです。
 これも人工哺育故になせる業!?すっかり耳がなくなってしまっても、なおかつ、親を慕い、袋に顔を突っ込んで乳を飲んでいる姿を見せられた時は、何とも複雑な気持になりました。
 そのビビは、これからが女盛り。どんどん産んでゆくことは、想像に難くありません。それを証明するもしないも、今だってちゃんと赤ちゃんが袋の中に入っているのです。袋から顔を出し始める頃に、母親が子の耳をかじる“悪癖”をどうするか、今彼等を担当している身だけに頭痛が起きてきそうです。
 反面、人工哺育で育ち、よく馴れているだけに、有袋類の生態の面白さを余すことなく見せてくれ、貴重な資料を提供してくれています。私自身も、袋の中の子の成長記録をたっぷり撮らせてもらいました。
 一昨年の四月十七日には、出産の決定的瞬間も撮らせてもらいました。袋に向かって歩いてゆく赤ちゃんに、無遠慮にストロボの光をどんどん浴びせたのにも鉤らず、ビビは全く意に介さぬ風でした。これがビビの母だったら、驚いて子が袋に入る前に飛んで逃げていってしまっただろう、と思います。事実、何が原因であったかは分かりませんが、袋に入りそこなった赤ちゃんを前担当者が、過去に発見したことがありました。
 ビビは愚母なれど、貴重な資料作りへの貢献は大。その辺を唐ワえると人工哺育も一概に悪いとは言えず、全く痛しかゆしと言ったところです。そう言いながらも、不安は確実に広がってゆきます。

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