でっきぶらし(News Paper)

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44号(1985年04月)9ページ

チンパンジー「リッキー」 体温から何が見える?U 

松下憲行
 睡眠中の体温はかなり低く、それが目覚めると共に徐々に上昇、午後の一時から三時頃にピークを迎える。そして、今度は夜に向かって逆に徐々に下降してゆく。いわゆる、体温の動きの常識的なパターンである。ヒトとチンパンジーに体温の差はあっても、その基本的なリズムは変わりない、と考えていいだろう。
 事実、私の持っている資料でも、オランウータンにしろ、このリッキーにしろ、ほぼきれいな曲線を描いている。先程述べたリズムそのままである。それなら「何故」動物病院にいた時のリッキーには、体温のリズムがなかったのだろうか??ケージが狭かった、遊び相手がいなかった、退屈して昼寝したりすることが多かった、等々のことが重なり合って為と思われる。
 朝の六〜七時台でかなり高い体温を示しているかと思えば、昼過ぎに思いもよらぬ低い体温三十六度七分あたりを示していたりすることもあった。何の説明がなくとも、昼寝から覚めた直後の体温であることがうかがえる。
 狭いケージ内ながらドタバタ動いているのはよく見たが、どれだけ運動量になっただろう。遊び相手がいないからすぐに退屈してしまっただろうし、そうなればお気に入りのタオルにしがみついてしまうだけ。ついうとうともしてしまっただろう。朝、夕の散歩も、スキンシップと気晴らしの役割を果たし得ても、体温を上昇させるだけの運動量になったかは、はなはだ疑問である。
 簡単に三十八度台を示すようになったのは、ジュンと遊ぶようになってから。「遊び」が心身の成長にいかに必要か、動物病院時代での体温のリズムのなさは、その「警告」でなかったか。ジュンの孤独が救われたつもりでいて、その実リッキーをも救っていたのではなかったのか。幾度測っても弧を描く体温の曲線が、何よりもの証明であろう。
 前担当者がしばらく経ってからリッキーを抱いて一番驚いたのは、体格が非常にがっしりしたこと。一度ぜい肉が落ちるようにやせて、それからじっくり体重は増え出した。それが、今までのふっくらした感じをなくしてしまい、前担当者を「あれっ」と思わせたのである。これだけで、如何に活発に遊んでいたか想像つくだろう。絶え間なくピークに達しようとする午後の体温も、それを物語っている。
 体温をまめに測っていれば、その動物がどのような状況におかれているか、ひとつの推測し得る資料になるのでは。特にリッキーのように環境が著しく変化した場合に、それが言えるようだ。大事な資料として残す為に、いずれ飼育係の勉強会であるムジナ会においても発表したい、と思う。
 ところで「体温」と言えば、一般的には「平熱」か「発熱」だけを想像し勝ちである。もうひとつの異常である「下降」いわゆる「低体温」には、割合眼が向けられない。恒温なのだから(常識的)に下がりっこない。それに「検温」できる動物などは例外、それらの理由が重なっている為ではなかろうか。
 確かに「検温」できる動物は、そういるものではない。私にしても、類人猿以外でもと思いながら、半ば諦め気味である。でも飼育ハンドブックを見れば、たいていの動物の正常範囲は載っている。機会があれば、それらの資料の裏付けを取ることも、動物園の飼育係として必要なことではあるまいか。
 話は、やや横道にそれてしまった。もうひとつの異常、「低体温」こそ私の重大関心事なのだ。「発熱」は、皮膚を通して察知し易い。動きからも、比較的想像し易い。が、「低体温」はあり得ないことと考えてしまうから、判断が狂う。異常が出ているのだが、それを「低体温」と結びつけて考えようとしないから、対処を誤ってしまう。
これは、切実な実感。北海道、釧路市動物園へ行ったオランウータンのケンを、その「低体温」でかなりひどいめにあわせてしまったこともあった。
 例外からものを言っているのではないか。そう思われる方もいるだろう。特に同業の飼育係の方から出てきそうな気がする。実際、それならいい。私の取り越し苦労で考え過ぎならいい。だが、オランウータンのクリコ、ケン、ジュン、そしてチンパンジーのリッキーと検温してきて、「低体温」は比較的容易に出るのだ。その過程を充分に見てきた。
 期間は、十一月頃から三月の半ば頃まで。皮肉なことに、これはヒトのやはり「低体温」を気をつけねばならない時期と一致している。立派?な病気と考えてもいいだろう。
 ヒトの場合は、体の弱っている老人などが要注意だ、とのこと。極端なケースとしては、無暖房と酒。ある中年の男性が電気のない(お金を浮ヲず切られてしまった)部屋で酒を飲んで寝てしまい、そのままあの世へ行ってしまったことがある。酒で血管が収縮せず、体温をどんどん放散してしまった結果である。
 動物は、酒を飲むことはない。が、おかれている場所は、動物によるがだいたいはきびしい。たいていはコンクリートで覆われているところにいる。夏場はともかくとして、冬場の冷え込みは想像以上。オランウータンのケンもそのコンクリートで体温を奪われ、苦しんだことがあるのだ…。
 以下、次号に続く。

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