でっきぶらし(News Paper)

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46号(1985年07月)3ページ

良母愚母 第6回 ◎ジェフロイクモザル(愚母の兆しあり)

 昨年、入梅して間もない頃でした。朝の9時過ぎではなかったでしょうか。仲間の飼育係がやって来て、クモザルが“変な物”を握っているというのです。どうも“赤ん坊”らしいのですが、今ひとつ確信が持てず、協力と妊娠の情報の有無を求めてきたのです。
 私とてそんな話は聞いていませんでした。それが“赤ん坊”かどうかを確認する為に獣医に連絡した後、今にもひと雨きそうな中を急いでクモザルの島へ向かいました。
 “黒い毛の固まり”を持って、クモザルのオスがあっちこっちへうろうろ、“毛の固まり”も動いているような、動いていないような―。
 「うん、あれは赤ん坊だ。間違いないよ。」と自信ありげな声が隣から響いてきました。どうにも気になったのでしょう。第一発見者である仲間の飼育係は、いつの間にやら双眼鏡を持ち出してきて、しっかりと観察していたのです。
 肉眼でははっきりしなかった“毛の固まり”も、双眼鏡を通して見ると、はっきりと赤ん坊であることが確認できました。そしてそれがもう死んでいることも―。
 急いで駆けつけた獣医共々、何とも言えぬ気分でそれを見つめているだけでした。獣医の話を要約すると、「妊娠しているのではないかとは前々から疑っていた。が、最終交尾からの計算でも5月中に産まれるはずなのに、いっこうに産まれる気配がないので、担当者共々、“想像妊娠”ではないかと半ば以上諦め気味だった。」と言うことでした。
 次第に雨模様になる中、クモザルのオスは、なお“毛の固まり”をおもちゃにしながらあっちこっちへ。そのうち、池の中へジャポーン。もし、誰も通りかからずに見過ごしていれば、永久に“想像妊娠”で終わってしまうところでした。
 その赤ん坊は、午後になって用事を済ませて戻ってきた担当者が、“第一発見者”が作った特製の引っかけ道具によって、池から引き上げられました。解剖の所見によれば、1度は呼吸しているものの、死産に近い状態と言うことでした。
 至仕方のない出来事と言ってしまえばそれまでのことです。産まれる動物が全て育つなんてことは、あり得ないことなのですから。でも、今語った事の次第は気に入りません。母親は何をし、何を考えていたのか、詰問できるものならしたくなってきます。
 腐臭を放ち、他の仲間が全くそばへ寄って来なくなっても、更にミイラ化しても決して赤ん坊を離そうとはしない、ニホンザルのメスに時々見られ、場合によっては美談として紹介されることもあります。
 何もそこまでしろとは言いません。流れを見ていると、放棄が早過ぎるのです。どんなに弱り、あるいは死んでしまっても、ふつうそんなに早く赤ん坊を手放したりしないもの。極端なケースとしてではなく、母性愛をごく当たり前に示す母親なら、1日、2日は胸に抱き、離そうとはしません。
 時のブームにのって「おしん」の名を頂戴したメス、どうも名前負けしているようです。我慢なんて何処にもなく、母性愛を置き忘れてきた可能性が大いにありそうです。

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