でっきぶらし(News Paper)

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46号(1985年08月)8ページ

オランウータン・ベリー 体温から何が見える5

 体温から何が見えるだろう。オランウータンの飼育の基本に据えて、もう3年以上。自分自身が予想していた以上のものが、次から次に展開し、いささか驚かされた。健康の維持を図る上で欠かせないと思うし、外観からは判断し辛いことに対して、はっきり断言できて安堵できることさえある。もう、やめる訳にはいかないだろう。
 さて、このシリーズも5回目。1回目では、正常範囲はどれぐらいか、2回目から3回目にかけては、運動の過不足と環境が与える影響から低体温の恐ろしさを、4回目ではクリコの病状の進行との絡みを述べた。それぞれ含蓄が深く、私自身今後飼育業務に携わるうえで、ないがしろにできないことばかりである。
 それら4回を振り返って、自ら書いたことながら、そうだ!その通りだと思わされるのは、『体温をまめに測っていれば、その動物がどのような状況におかれているか、ひとつの推測しうる資料になるのでは!』と書いたこと。ジュンの将来のお嫁さんになる相手がやってきて、1ヶ月余りを経て、何とか同居させられるようになったのだが、その根拠付けもまた体温なのである。
 6月28日の夕方、横浜市野毛山動物園より到着。その時の体温は38度3分。まあ正常範囲の上限近くだが、心配になる程の高さではない。それが、見合いを勧めてゆく中で、ピークと思われる38度4分くらいをあっさり突き破ることがあった。時には、39度台に達することさえあった。
 私がベリーを抱いてジュンの放飼場に入ったのは、朝の9時頃から1時間くらい。ジュンはしつっこくちょっかいを出してくるものの、ベリーは私から離れようとせず、べったりとくっついたままであった。それでも体温をグイグイと上げたのは、心理的圧迫を受け、ストレスを急激にためたからであろう。見合いの状況を見れば、それが一番妥当な考えと思えた。
 それでも見合いを毎日続けてゆくと、次第に落ち着きを見せるようになった。いやな奴の顔も毎日見れば、何とか我慢できるようになった、まあそんなところだろうか。半月も経つと更に進歩し、受身ながらジュンと遊ぶようになった。
 進歩といっても、受身の遊びに心理的圧迫がない筈がない。検温の回数を増やすこと、見合いの前後を測ることによって、ベリーの心理状態を推し計るように努めた。ジュンから逃れて必死になって私にしがみついてくる時の動悸の激しさは、どうにも不安をかきたて、そうせずにはいられなかったのだ。
 上がる上がる。朝の8時台では、まず38度を越えることはなかったのに、見合い後はジュンのしつっこい遊びを伴っていたから、低くても38度2〜3分、ひどい時は39度台も記録した。これが心理的圧迫を受けてでないとするなら、ジュンも同じように上がっていていい筈である。が、上がって38度3分、37度台もけっこう示し、決して異常を感じさせる数値は出なかった。
 どう言う形であれ、遊びを伴っているので、見合いの比重は高めていった。午後も一緒にするようにしたのである。ベリーの苦痛は分かっていたが、比重を高めなければ進歩がない。ジュンと同居できなくて一番惨めなのは私ではなくベリー自身。オランウータンと仲良くできないオランウータンなんて、全く笑い話にもならない。
 相変わらず高い体温は続いた。表面的にはだいぶ仲良くなっているようで、時にはベリーの方からちょっかいを出すこともあったが、心理的に解放されはじめるには、まだ道のりがあるように思えた。ここで、表れはじめた一つの異変は、ジュンの午後の体温がベリーに同調して上がり出したことだ。全く別の意味で・・・。
 一緒にいたくないベリー。片時も離れたくないジュン。一緒にいることでベリーの体温が上がり、離れることによってジュンの体温が上がり出したのだ。いよいよタイミングを見計らって、ベリーを突き離さなければならない。見合い比重を高めたことによって、抜き差しならなくなり、ジュンのラブコールに応えてあげねばならなくなった。
 8月1日、ベリーの体温は午前午後の見合い前後の計4回。いずれも正常範囲内に収まった。できれば、そんな日が3〜4日続いてからにしたかったが、苛立っていた気持ちもあって、2日いつものように見合いをさせている最中、ベリーの隙を見計らって、私だけが放飼場から飛び出した。それはないよと言わんばかりにベリーはすさまじい悲鳴をあげたが、心を鬼にして知らんぷりした。
 懸念した体温は、同居し始めた最初の2〜3日こそやや正常範囲を上回ったりしたが、日を追って落ち着きを見せ、10日も過ぎると遊びも程々になって、38度台を下回ることすらあるようになった。ただ変わったことといえば、同居させるようになってから、私の目の前でベリーとジュンは全く遊ばなくなったことだ。ベリーは私の肌の暖かさを慕わしいかのようにじっとし、ジュンは余裕を持ち私が放飼場を去ってからベリーと遊ぼうとしている。
 現在、本当に仲良くなっている訳ではない。が、同居さえさせていれば、それは月日が解決してくれる。知らぬ間にしっかりした連帯で結ばれるものだ。特にジュンはベリーにぞっこんなのだから。間違いはない。

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