でっきぶらし(News Paper)

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58号(1987年07月)5ページ

オグロワラビーふしぎふしぎ 松下憲行【ふしぎパート?T超未熟児は歩む

 何たって可愛いのは、赤ん坊が袋から顔を出す時です。でも、そこまでに至るのに、六ヶ月もの長い道のりがあるのを御存知ですか。
 子宮の発達していない有袋類の妊娠期間は極めて短く、オグロワラビーで約一ヶ月位です。袋育児のうは、子が小さい内は単に哺乳の場でなく、子宮の代替としての役割も果たしているのです。
 とすると、生まれてくる赤ちゃんは、超未熟児と考えてよいでしょう。そう、わずかに一センチ余、小指の先程の大きさしかありません。それが自力ではい上がって、母親の袋の中に入るのですからたいしたものです。
 つい二十年程前までは自力で入るのか、母親が招き入れるのか、論争ダネであったその“決定的瞬間”を私は五年前の四月二十一日に見ることができました。当時の担当者が「生まれる。カメラはないか」と私に知らせてくれたのです。記録魔としてのふだんの行動からの誘いでもあったでしょう。
 すぐには赤ん坊は見えませんでした。「もう入ったのかな?」ただ陰部から血がポタリ、ポタリ、出産まもないことを物語っていました。状況証拠でもとそんな写真を撮っている内に、赤いものがもぞもぞと毛の中で動いているのが…。
 「いた!!赤ん坊だ。」心の中で絶叫。今、正に袋の中に入ろうとする瞬間を“パチッ”生涯に二度味わえるかどうかの神秘的なひとときに、私の心のはゾクゾクしっ放しでした。
 そうして、袋の中で育った子が六ヶ月位経過すると、袋からちょこんと顔を出すようになるのです。が、現実にはこの頃が、生死の分け目となる事故が一番起こり易いのです。

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