でっきぶらし(News Paper)

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64号(1988年07月)2ページ

ベビージャック・シマウマ

 「あれえー、どうして一頭だけ分けてあるの…」シマウマ舎の前でよく聞く子供の疑問の声。前後の事情を知らないお母さんは、困惑するばかりで、答えに窮されます。
 さて、その疑問に答えるだけでなく、今回も前回、前々回にちなんで赤ちゃんに関するお話をしましょう、といっても、ちょっと首をかしげたくなるベビージャック騒動。赤ちゃんを巡ってのトラブルはけっこうあるものなのです。

★シマウマ その一
 
 三月十二日に待望の出産があったことは、何度も述べています。問題は、何故オスを分けねばならぬ経過に至ったかです。
 当初は、子の面倒をまめに見る実にいい母親でした。歌の文句「お馬の親子は仲よし親子、いつでもいっしょにポックリ、ポックリ歩く」をそのまま描いていました。
 ところが、日に日にその距離が離れてゆくように、何となく面倒見が粗雑になっていったのです。そこに子供の気分そのままのオス親の苛立ちの付け込む隙が…。
 子が生まれてからはちっともかまってもらえないで不満、口惜しさ、寂しさをうっ積させていたオス。たまに強引にそばに寄っては、メスに強烈なキックを見舞われていました。
 その時、今に見ていろと思ったのかどうか、親子の距離が開いてゆくのを見逃さず、再三再四割って入り、遂には分断に成功。子を母親のそばへ行けないようにしてしまったのです。
 それでもなお子が隙をうかがい、母親のそばへ行こうとすると素早く察知。すかさず間に割って入ります。子は致し方なくオスのお腹に乳を求めますが出る筈もなく、オスもさすがにそれは嫌います。
 離乳は比較的早いので、一日、二日ぐらいそんな状態が続いても、そう気に病むことはありません。ですが、生まれて三〜四ヶ月の子が長期に渡ってそんな状態が続くとなれば、無視する訳には参りません。
 オスは一向に返す気配はなく、むしろ「してやったり」の意地悪ささえ感じさせました。こうなれば、力ずくで奪い返すのみ。柵の仕切りは思いあぐねた末の結果だったのです。
 それにしても希薄になった母親の面倒見。子がしつっこく甘えたり、餌を自分のすぐそばで食べようものなら、すかさずキックを見舞います。オスに対してのようなすさまじいものではなかったものの、ドキッ、ハラッとさせる一撃ではありました。
 多分に、この辺に主たる要因があったのでしょう。やさしく子を舐め、乳を与えるかと思えば、うるさくなると、エイッとばかりの後ろ蹴り、いじけたオスにとては日頃のうっぷん晴らしをするのに格好の標的になったのでしょう。とはいえ、全く人騒がせな事件でした。

★シマウマ その二

 シマウマの出産は、今回の「やよい」が初めてではありません。長らく停滞していましたが、十何年か前にも「サクラ」や「キク」が生まれたことがあります。
 何故そんなに長い空白があったのかはともかく、その「サクラ」が生まれた時にも、やはりベビージャック騒動がありました。 
 その時はオスではありませんでした。オス一頭にメス二頭が飼われていて、子を生ま(め?)なかったもう一頭のメスが、子を欲しくて奪ってしまったのです。
 彼ら三頭が共に生活していても、その関係は決して対等ではありません。厳しい、いや時には厳し過ぎるぐらいの序列の上に共同生活が成り立っています。
 まずかった?のは、生んだメスが序列が下だったということです。そこに上位のメスのわがままが通る隙がありました。おぼろ気な記憶か、空想か、上目使いに「ニセ親子」の周辺をうろうろしている母親の姿が浮かんできます。
 やはり今回と同じように奪った悪いメスとオスを分け、母子だけを別飼育したように思います。まあそれにしても、母性の衝動にかられてとはいえ、お乳が出る訳でもないのに、ずいぶんきついことをしたものです。

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