でっきぶらし(News Paper)

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130号(1999年07月)16ページ

オオアリクイこの不思議な動物を見つめて

 「松ちゃん、エスペランサが赤ちゃんを生んだよ」と、突然とうとつに八木獣医が私に語りかけます。一瞬なんのことと思いながらも、次に体が熱気を帯びてくるのに一秒とかかりませんでした。
 日本ではダントツの実績を持ち、世界的に見ても恐らくひけをとらないであろう、当園の自慢とも言えるのがオオアリクイのオカアチャン。今までの出産回数は実に六回に及びます。
 全部が全部育った訳ではありません。しかしながら、他園では繁殖どころか飼いこなすことにすら四苦八苦している中で、長寿記録を作ろうとしなお三頭の子が健在なのは、やはりそれなりに"誇り"としてよいのでは、と思います。
 その中で文字通り私が手塩にかけて育て上げたのが、冒頭に述べたエスペランサ(一九九六年十二月十七日生)と名付けた、今回の朗報に接した個体です。
 年齢はほぼ三才に近く、生まれても不思議な年齢ではありません。でも、他園ではまだ流産を含めたってわずか二例しかないのです。少なからず驚かされました。
 エスペランサ、今思い返しても不思議な思いにとらわれる出産です。と言うのも、兄のグァポは同じ年の三月二十二日に生まれていたのです。ちょっとどころかまず考えられないケースです。
 しかも、それだけではないのです。兄のグァポには離乳に非常に手をやいていました。餌をなかなか食べてくれなかったのです。
 離乳食そのものには苦労も何もいりません。だいたい親の食べているもの自体が離乳食みたいなものなのですから。
 ドッグフードを熱湯でふやかして、ササミ、牛レバー、生卵の黄身、ペット用粉ミルク、ヨーグルト、これをミキサーにかけてどろどろにしたのがオオアリクイの餌です。子も離乳期にかかればそれを舐めて、そして味を覚えてくれればO・Kです。後は何の工夫も必要ありません。
 本来の食べ物とは程遠い餌ですが、このような餌が見いだされたからこそ、動物園でオオアリクイの飼育が可能になったのです。いろいろ問題がありそうではありますが、長寿、繁殖がひとつの答えとして受け止めてもよいでしょう。
 でも、究極の代用食とも言える餌だけに、離乳に際して味を受けつけなかったり、又は舌でうまく舐めとれなかったりするケースが出てきます。グァポの場合は前者でした。
 関心を示すもののすぐに食べるのをやめてしまう日々が続いていました。なんとかオカアチャンのおっぱいがなくても大丈夫だよ、と言えるまでに実に九ヶ月も要しました。
 安心した直後です。これでしばらく気苦労しないですむ、と思った十二月七日の朝、オカアチャンの部屋の出血跡にあれっ!? よく見ると胎盤と思われる肉の塊も・・・。何かキツネに化かされているようでしたが、気を落ちつけてオカアチャンを見ると、胸にしっかり子を寄せていました。
 しばらくはドタバタでした。後にエスペランサと名付ける子が親の背にのっているのに、グァポはおかまいなく更にその上にのっかってしまって大慌て。無理矢理引きずりおろして別の部屋に分けてことなきを得ましたが、とにかくてんやわんやでした。
 獣医より受けた命は、オカアチャンは人馴れしていて大人しい個体だから、子の体重を定期的に測るようとのことでした。正直、異論はなかったものの、自分が馴致した動物ではありません。初っ端は、自らの意志とは裏腹に体の動きは硬くて思うように動いてくれませんでした。
 オオアリクイに歯はありません。ですが、固いシロアリの巣すら壊してしまう前脚の爪は少なからず驚異です。牙と同様の怖さがあります。
 二十才近い高齢のせいか、それとも思う以上に馴致が行き届いているのか、私が子を取っても全く意に介しません。好きにしたらって態度です。どさくさにまぎれて母乳の出を確認する為に乳首を軽くしぼっても、それさえも意に介さずです。(母乳はしっかり出ました。)
 こしてほぼ六ヶ月間、一週に一度のペースで体重二十二・五kg(生誕時一・八kg)になるまで測り続けました。エスペランサにすれば、オカアチャンから無理矢理引き離されて迷惑この上なかったでしょう。
 でも、残った記録は貴重です。私自身の体に残る記憶もまた重いものです。生涯二度味わえないであろう、貴重な体験をさせてくれました。
 離乳はスムースに進み、体調は万全にして、自信を持って沖縄にチチカカの替わりとして送り出せました。が、それほほどの間をおかなくして、三世誕生の朗報に接しられるなんて・・・正しく嬉しい誤算です。
 日本動物園水族館協会では、日本で初めて生まれた動物が六ヶ月以上育つと繁殖賞を与えています。
 以前から思っているのは、このような三世誕生に対する評価です。立派に表彰ものですが、現在は何の制度もありません。
 とは言え、飼いこなすことすら困難なのに、それが二世どころか三世まで生まれたのです。この実績を築いた沖縄子供の国動物園、堂々と胸を張ってもよいでしょう。

              (松下 憲行)

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