143号(2001年09月)3ページ
爬虫類つれづれ・観客に語る
爬虫類館、ここに入ろうとするお客様の心境、他の動物を見る時とは趣をやや異にしているようです。特にヘビを御覧になる段となると、もうもうとんでもない反応をしばしば示されます。
「見てるだけで気持ち悪い」「うわあ、寒気がしてくる」なんて言われるのはしょっちゅうです。そんなことでいちいち気を悪くしていては、爬虫類の担当は務まりません。
でも、世の中捨てたもんじゃないんです。中には可愛いっておっしゃる方もおられるんです。つい先立って、サマースクールの実習があって子供達にヘビを触らせていると、ガラス越に、 「羨ましい。私も触りたい」と言 ってるのが聞こえてきました。
いつぞや、興味津々の表情で見ておられるお客様がいて、こちらは軽く半ば冗談で「なんなら触っ てみますか」と語りかけると、「えー、ホント、嬉しい」と思いもかけない反応です。
だんな様がいて子供さんもいましたが、何故か体はすうっと引いてしまっていました。しかし、奥さんはにっこにこ、「だんなも子供もダメなのよ」と、 自分だけ慶んでキイロアナコンダとコロンビアレインボーボアをたっぷり触って楽しんでかえられました。
ヘビに対する偏見を取り除くのは大変です。おとなしいと言ったって、何もしないと言ったって、嘘でからかって言ってるんだろうと、まず、そう受け取られてしまいます。可愛いなんて言おうものなら、完全に変人、奇人の枠内にはめ込まれてしまいかねません。
でもと言うか、だからと言うか、語りかける必要性を痛感することがあります。ことばを選びながら、分かり易いように説明していくと、表情がほころび意外な一面を見たと慶ばれることが有ります。
ヘビに限らず、ワニであれカメであれ、私たちの皮膚感覚ではとらえにくい生き物です。小さな子供達に至っては、動かないものだから死んでいると受けとめ、親にそう訴える光景を見るのはさほど珍しくはありません。
自分で体温を上げられないから部屋には常に暖房が必要なこと、その分だけエネルギーの摂取が少なくて済むこと、それ故に普段はたいていじっとしていることなどを説明すると、感心して聞いてくれます。ニシキヘビに至っては食事は年に七〜八回で、それでも太り気味であると語ると、驚きはさらに倍加するほどです。
いつもいつもお客様に説明できるというわけではありませんし、時間に余裕があるからと出しゃばって語りかけるのも考えものです。お客様の表情、話を聞いてくれそうな雰囲気をとらえるコツが求められます。
アベックだからあんまり邪魔しちゃ悪いかなと思っても、予想以上に反応が良くて、ついつい語り過ぎてしまうこともあります。それで、最後に「ありがとうございました」なんて言われると、その後しばらくはこちらも何かとっても楽しい気分になってきます。
かなり以前のことですが、車椅子の方を連れて来られたお客様が、「爬虫類館に入りたいがどうすればよいか。」と訪ねられたことがありました。これには正直、私も困りました。
案ずるよりも生むが易しです。「分かりました。入るのは無理ですから、ヘビ一匹を出しましょう。それで我慢して下さい。」と答えました。 で、キイロアナコンダ一匹を出すと、やや驚きと戸惑いを見せる車椅子のお客様をよそに、そこら辺にいたお客様がぞろぞろと集まってきました。恐いもの見たさ触りたさ、思いもよらぬ二メートル強のヘビの出現は刺激十分だったようです。
お化け屋敷に入るような感覚で来られるお客様は少なくありません。特にヘビの前は足早に去って行かれるのはごく当たり前の光景です。だからといって、呼び止めて強引に見てもらう訳にも参りません。
何か良い策、それはタイミングを見計らいながら、ひたすら根気よく語りかけ続けることでしょう。 そして、時にはヘビやカメにご登場願うのも、実感を味わってもらう為には必要でしょう。
(松下 憲行)