でっきぶらし(News Paper)

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31号(1983年01月)2ページ

爬虫類の話し

爬虫類と聞いただけでも、身を強ばらせ、ゾッとする人がいるかもしれません。動物が好きで、この仕事に入った飼育係の中にも、爬虫類だけは、特にヘビは苦手と言う人が、当園に限らず、他園にも意外に多いものです。
何故こんなに嫌われるのか、不思議な気もしますが、これは人だけに限らず、サルにも見られます。からかってヘビをちょっとでも近づけようものなら、嫌悪感をむき出しにして、ギャアギャアけたたましく泣きわめきます。
でも嫌い嫌いでは話しが進みません。しかも、生き物の様々な習性が理解できないばかりではなく、より偏見に固まってしまうだけです。まずは日本平動物園・爬虫類館9年の歴史から、その素顔が少しでも分かって貰え、偏見を解く糸口になれば幸いです。

◆飼育◆
「あれ生きているのかしら」「ちっとも動かないわよ」「あら、眼だけ動いたわ」「やだあ気色悪い・・・」「何食べているのかしらねaE・・」ワニを目の前にして、お客様のこんな会話に、よく出会うことがあります。
爬虫類の飼育は、哺乳類、鳥類に比べて異質で、しかも解明されていない習性、食性が多く、担当者自身も、手探りの部分がずいぶんあるようです。
餌ひとつにしても、野菜を主食とするトカゲ類やゾウガメは毎日、生き餌のヒヨコ・マウス・ニワトリ・テンジクネズミ等を主食のヘビは週に1度、馬肉を2週に1度与えるワニと、種類によって様々に異なるのを、一括して扱わなくてはなりません。それもワンパターンとはいかず、その間にも、裏で増殖しているミルウォームやコウロギを、トカゲ類に与えたりしています。又、ヘビの赤ちゃんが生まれたりすると、ピンクマウスといって、ハツカネズミの生れたての仔を、1週に2回ぐらい与えたりする為、餌の餌も作らなくてはいけない気苦労も生まれてきます。もっともこの辺りの細かい配慮は、ふだんあまり接しない私たち飼育係自身が、もっと勉強しなくてはいけないところかもしれません。
ただこれだけの話しを進めている中でも、“生き餌”と言う言葉に、ずいぶんひっかかるものを感じると思います。一般にあまり知られていなくて、話すとギョッと驚かれるのが、ヘビには前記のような餌を、生きたまま与えなくてはいけないと言うことです。ライオンやトラのように生肉を与えても、見向きもしません。外国ではヘビ用の固形飼料が開発されつつあるらしいですが、日本の園館で使用されるのはまだまだ先の事でしょう。
“生きたままをどうやって食べる”、こんな疑問がまた湧いて来たのではないかと思いますが、あまり具体的に話して、ますますヘビ嫌いになられては、せっかくの苦労も水の泡です。話しを次に進めたいと思います。(どうしてもとおっしゃるのなら、爬虫類館にお越し下さい。担当者が懇切丁寧に教えてくれます。)
爬虫類は御存知の通り、私たちと違って変温動物です。自分で自分の体温を調節することができません。少しでも寒くなれば、とたんに動きが鈍り、餌も食べなくなってしまいます。従って、冬には暖房が必要です。それも、類人猿あたりにする暖房と違って、かなりの高温多湿が要求されます。
「北風がビュービュー吹く中で、薄着でアイスクリームを食べていたもんだから、お客がビックリした顔をしていたよ。」一見ひょうきんに聞こえる話しですが、熱い部屋と寒い外を行ったり来たりする冬場は、担当者自身にとっても、健康が気掛かりになる季節なのです。
部屋の中は部屋の中で、隅々まで暖房が行き渡っているか気になります。暖かい空気は比重が軽く、上へ上へと逃げて行く為、思ったより暖房の効果が上がらなくて、苦労したこともあるようです。「天井に扇風機を付けて軽く回したら、部屋の下の方の気温が3〜4度上がったよ。」こんな話しにも担当する者のちょっとした工夫、思いやりがうかがえます。
そして、動きがいいから健康なのだろうと思うと、大間違いなのです。「そういう時はどうも調子が悪いようだ。餌もせいせい食べんなあ。」「ヘビは動かんほうが調子いいようだ。」こんな担当者の話しには、がく然とさせられます。爬虫類を飼育するひとつひとつの常識が、哺乳類、鳥類と比べあまりにもかけ離れています。偏見をなくし、理解を深めなくてはならないのは、どうやら私たち飼育係のようです。爬虫類館を訪れる度に痛感させられました。

◆繁殖◆
「類人猿やゾウは、動物のほうがボスを覚えてしまって、担当が代われない大変さがある。」「でもね、爬虫類には逆の苦労がある。ああやってじっとして動かない奴のひとつひとつの個性をつかむのは本当に大変だ。とても、2年や3年で覚えきれるもんじゃない。」「よその園館でも爬虫類をやっている人は永い。そんな大変さがあるからだよ。」と担当者がいつか私に語ってくれたことがあります。
爬虫類ばかりではなく、飼育係にはひとつの事をある程度納得できるまでやりたい気持ちと、ひとつの事に凝り固まりたくないきもちとが交錯しています。繁殖や動物の為と言う一面だけを見つめれば、ある程度の答えは出せるでしょうが、この結論を出すのは、大変むつかしい事だと思います。やや話しが横道にそれかけました。
一見無神経に見える彼らも、その実、意外に神経質と思わせる諸々の話しに、出会う事が度々あります。何ヶ月も餌を食べず、どんなに一生懸命工夫して、色々苦労してやっても、とうとう最後まで拒食を貫き通した、ワニやヘビの話しはざらにあります。
当園でも、こんな話しや、これとは逆の苦労話しもあります。ヤマカガシの場合、餌は食べるのですが、ある日、急にコロッと死んでしまうのです。原因を考えても、それらしい理由はよく分かりません。とにかく逃げ場のない隠れ場のない所へ、長く置く事だけはよくないようです。
現在、裏の飼育係の控え室に、彼等を自由にさせています。決して面白半分からの発想ではなく、何とか長生きさせたいと言う、担当者の苦肉の策なのです。
そんなこんなの苦労を続けて、昭和48年以来9年間に、どれくらいの種類が繁殖したのでしょう。古い日誌を紐解いて調べると、一番古いのは、7年前のアナコンダに始まり、コロンビアレインボーボア、パラグアイカイマンと続いています。そして、昨年のボアコンストリクターやフロリダキングスネイクまで合わせると、11種類が繁殖しています。
中にはアオジタトカゲのように、せっかく生れても(卵胎生と言い、お腹の中でフ化して出てくる。)全て奇型で虫の息、がっかりされられたこともありました。又トッケイヤモリのように、ある一定の期間までしか育たないケース、そこでも同じ悩みをかかえていて、解決法が見出せないままのもありました。
繁殖させるのも大変、させてからも大変です。どんな図鑑を調べてみても、赤ちゃんの育て方まで、書いてある訳ではありません。こればかりは、情報の交換や経験の積み重ねです。何処の園館でも、同じような悩みや苦労を抱えているのではないかと思います。

◆爬虫類繁殖表◆
<種名> <年月日> <フ化頭数> <備考>
アナコンダ 50.5.11 3
コロンビアレインボーボア 50.5.22 3
ヤマカガシ 50.8.23 2
アオダイショウ 50.12.8 不明
パラグアイカイマン 51.9.26 14 繁殖賞受賞
パラグアイカイマン 53.9.21 2
ヤ モ リ 54.5.23、27 2
トッケイヤモリ 54.6.8〜11.3 12 1〜30日の間隔をおいて
産卵、フ化
アオジタトカゲ 54.6.17 5 全て奇型
ヤマカガシ 54.7.25 7 フ化要日数 36日
ヤマカガシ 54.8.16 13
トッケイヤモリ 55.1.4〜8.19 16 2〜30日の間隔をおいて
産卵、フ化
アオダイショウ 56.8.23 5
ボアコンストリクター 57.3.27 14
アオダイショウ 57.3.30 不明
フロリダキングスネイク   57.7.17、
18〜20    7
シマヘビ 57.7.27 不明

<その他>
・アルダブラゾウガメが54年1月11日を始めとして、2月12日まで数個(破卵も含む)産卵する。
・アンボイナホカケトカゲ、55年11月17日3個産卵、12月17日1個産卵(3個無精、1個中止)。
・57年3月12日、4月1日、4月4日アンボイナホカケトカゲ再び産卵(1個フ化寸前までゆくが中止)。

◆フ化の方法◆
一般に卵をフ化させる事を考えると、フ卵器が浮かんできます。でも、それは鳥類の話しです。爬虫類、トカゲやヘビやワニの場合は、いったいどうやってフ化させるのでしょう。
・ポリ容器か水そうの中に次の順に重ねて行く(内部は高温多湿になっている。)
(1)水苔(湿らせる)
(2)土(湿らせる)
(3)タマゴ
(4)小さな穴を開けたビニールを容器の上にかぶせ、張る。

鳥の場合と違って、前記のようにして一定期間じっと待つわけです。ただ水苔を入れて土を入れて、卵を置けばよい訳ではありません。容器の中をよく消毒しておかないと、中は何といっても高温多湿、すぐにカビが生えてきます。それにうっかりしているとアリやゴキブリが侵入してきて、荒らされてしまいます。ただじっと我慢しているだけでは駄目なのです。
この方法で、前記(爬虫類繁殖表)の何種類かがフ化しています。残念だったのは、昨年のアンボイナホカケトカゲです。フ化寸前までいきながら、中止してしまいました。

◆余談◆
『いたずら』
爬虫類とは、みやみやたらに動かないどころか、大抵は、置物のようにじっとしていると思って貰えればいいでしょう。ところが、これが一番お客さんに理解して貰えません。動かないのが、余程面白くないのでしょう。そこで“いたずら”と相成り、その一番やりやすいのが、ワニのプールと言う訳です。
今まで色んなものが、よくぞこんなにと思う程投げ込まれました。石に始まり、コンクリート、ピータイル、ジュースの空缶、ペンキ缶、丸太、ガム、菓子、菓子袋、サングラス、サンダル、帽子、ニワトリの骨、まだ続いて、ムスビ、果物、コイン、(1円玉、10円玉)。これには平素からいたずらされるのに慣れている私たち飼育係もいささか驚きました。もっとも、いたずらの最たるものと言えば、今からざっと4年前の3月に、ガラスを壊されたことでしょう。アンボイナホカケトカゲの前面のガラスを粉々にされ、その損害は14万円に及びました。
他に、無情とも言えるいたずらは、ゾウガメ舎への侵入でした。図体は大きく100kg前後はあるものの、草食のおとなしいカメです。それを見抜いたお客様は、放飼場に侵入して、子供をカメの背中に乗せてドタドタ、これではカメはたまったものではありません。ショックで餌を食べなくなってしまいます。
結局、柵をうんと高くして、中に入れないようにするしかなく、お客様にはとても見づらくなってしまいました。
この他にも、まだまだ色んないたずらがあったようです。動かないものを動かそうと考えるその爬虫類への無理解が、様々ないたずらを誘発しているようです。

『拾われたメガネカイマン』
世の中には、変わった人がずいぶんいるものです。ヘビが庭に入ってきただけで、泣きわめかんばかりの調子で、動物園へ、何とかしてくれと電話してくる人がいると思えば、ペットにするのに、イヌやネコでは飽き足らず、野生のそれもヘビやワニを飼う人がいるのですから、驚きもし、あきれもします。
それでも、最後まで面倒を見るのなら“カラスの勝手でしょ”と言えるかもしれませんが、そんなものを捨てられたら、拾った人は、いい加減たまげようと言うものです。
何年か前の話しですが、ワニを拾って届けてこられたから、何とか預ってくれないかと、警察より依頼を受けたことがありました。よくよく話しを聞いてみると、瀬名の田んぼで遊んでいたというのです。こんなものにうろうろされれば、お百姓さんは薄気味悪くて、農作業も落ちついてやってられないでしょう。
恐らく、ペット商あたりから、まだ手のひらに乗るか乗らないかの小さい時に購入したのが、どういう訳か、大抵の人は育てられずに途中で殺してしまうのを、その人はたまたま立派?に大きく育て上げてしまったのでしょう。が、結局もてあまして思案の挙句、田んぼへ捨ててしまった、そんなところではないかと思います。
最近では条例がきびしくなって、危険動物に指定されたものは、簡単に飼うことができなくなりました。しっかりとした設備を造らなくてはいけない、しっかり管理しなくてはいけない等、かなり規制されています。
それでも、物好きに飼う人が中にはいるようです。ワニや大型のヘビは、やはり危険な動物、家庭で飼える、飼うべき動物ではありません。“カラスの勝手でしょ”では周囲が迷惑します。

以上、爬虫類の話しを、飼育、繁殖、余談に分けて紹介しました。舌足らずの拙ない文章で申し訳なく思いますが、爬虫類の話しを書けなんと言われたら、正直なところ、この辺りが限界です。まず、分からないことばかりでした。とどのつまり、担当者のところへ何度も足を運んだ私自身が、一番勉強したのではないかと思います。そう、担当者に直接聞くのが一番よいのです。もっと面白い裏話を、いくらでも知っているのですから。
(松下憲行)

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