でっきぶらし(News Paper)

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171号(2006年08月)4ページ

アオダイショウ 山へ帰る

それは夏の日曜日の朝の出来事だった。
パジャマ姿で玄関先に新聞を取りに行くと、電線の上でムクドリらしき鳥たちがギャーギャーと賑やかだ。家の中に戻り、「去年掛けてやった巣箱から雛がかえったらしく、今朝は皆でお礼を言ってくれたよ」と冗談交じりに話すと、「そのうち恩返しもあるかもね」と妻も冗談を返した。
 
巣箱を掛けることになったいきさつは、父の部屋の雨戸がいつも閉まったままになっていたことを不思議に思っていたことから始まる。他界した父の部屋を片づけるため雨戸を開けようとしたら戸袋の中で何かがつかえて開けられない。懐中電灯で中を照らすと、小枝やワラくずのようなものが詰まり、おまけに机の引き出しからは飼育用の餌と観察日記まで出てくる始末。どうやら、家族に内緒で戸袋を巣箱に提供していたのか占拠されていたらしい。

ゴミ袋一杯の小枝やワラくずを始末しながら、ここを片づけてしまったら鳥たちが困りはしないかとふと心配になった。「そうだ、父の供養に巣箱を作ってやろう」と、ホームセンターから材料を仕入れ戸袋の上に掛けたのだ。
 
話を朝の出来事に戻そう。
新聞を読む前に顔を洗おうと洗面所に行き、何げなく高窓に目をやると、模様ガラズ越しの格子に何やら紐のようなものが引っ掛かっていた。いつものように2階から母が洗濯物を落としたのだと椅子を踏み台にし、窓を開けて驚いた。

何と太い蛇が格子に絡まり胴体が波打っていた。オリーブ褐色のウロコからアオダイショウとうことはすぐに分かったが、何のために格子に絡まっているのか理解できないまま「ヘビだあー!」の一言を残して外へ飛び出した。そこで目にしたのは、雨樋(あまどい)伝いに頭を垂直に向けた大蛇と、お礼なんてとんでもない巣箱が危ないんだと大騒ぎのギャーギャー鳥たちの姿だった。
 
敵は巣箱の中の卵か雛を狙っている。蛇は大の苦手だがここはやるしかないと植木の支えの青竹を外して構えた。細く開いた窓からは、妻や娘が「殺虫剤をかけろ」だの「洗剤が効く」だの勝手なことを言っている。幸いに最初の一撃が蛇の頭にヒットして格子から地面に落下したものの、庭石の下に潜り込んでしまった。そこで残っていた暖房用の灯油をボロ切れに染み込ませ、火あぶり作戦に切り替えたが全く出てくる様子はない。
 
しかたなく今度は植木の支柱の丸太杭を外し、それをテコにして庭石を起こすことにした。角材を支点に丸太を石の下に差し込み体重をかけると、意外と簡単に石の半分が持ち上がったが、その瞬間に敵は首を高く持ち上げ細い舌をちらつかせた。出来ることならここは穏便に済まそうじゃないか、「許してやるから山へ帰りな」と言ってみたものの、依然として反撃体勢のままだ。

そうか、そんなに首を高く上げて威嚇するのならこっちにも考えがある。青竹の先に紐を輪にして結び、カウボーイが牛を捕まえるようにお前も捕まえてやる。
ところが、そこで困ったことになった。カウボーイ作戦のために丸太から手を離すと石が元に戻ってしまい敵が隠れてしまうのだ。

少し弱気になり、「外に出て来て手伝えよ」妻と娘に応援を求めた。「いやよ、気味が悪いし怖いもん、家の中には絶対に入れないでよ」どうもこういう事態には夫婦愛や家族の絆は通用しないらしい。ギャーギャー鳥にも言った。「お前達もクチバシでつつくとかなんとか協力しろよ」孤立無援となってしまった時に一計がひらめいた。そうだ、石を半分持ち上げ奥の方まで丸太を差し込めばいいんだ。

かくして作戦は大成功を収め、青竹の先を左右に振ると紐から外れた。「巣箱も守ってやれた」「大蛇も山へ返してやった」めでたしめでたしと満足感に浸りながら家に戻って唖然とした。玄関はもちろん窓という窓にはカギが掛かり、パジャマ姿のまま締め出されてしまった。コノヤロー!
あの朝以来、我が家でアオダイショウの姿を見かけたことはない。山へ帰ったのだ。

(平成18年6月吉日 市民環境局長・河野 正也)

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