でっきぶらし(News Paper)

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256号(2020年10月)5ページ

病院だより「七夕の朝に」

 その日は七夕でした。朝、チンパンジーのコニーが指を怪我していると聞き、急いで類人猿舎に向かいます。コニーどうしたの?と声をかけて見ると人差し指が長さ6cm位ざっくりと深く切れています。あちゃー、これは痛そう。噛まれた?引っ掛けた?原因はわかりませんが傷が大きく深いため、急遽その日はお休みだった飼育担当者にも出てきてもらい、午前中に麻酔をかけて縫うことにしました。

 担当者に嫌なことをされたと動物が認識するとその後の飼育に影響があるので、麻酔は獣医だけで行います。コニーには嫌われたくないけど・・・仕方なっしー。一人が筒だけ持って打つフリをしてオトリ役となり、もう一人が実際に麻酔薬の入った吹き矢を打ちます。いつも来ない時間に獣医が2人平静を装って(いるつもりでも緊張感が伝わってしまっていることでしょう)怪しい棒を持って来たので、事前に鎮静剤を飲んでぼーっとしていたコニーが一気に覚醒。新型コロナウィルス感染対策で人から動物への感染予防のためこのところマスクをつけたままチンパンジーと接しているのですが、吹き矢を打つのにマスクを外したとたん、ウンチまみれの飲み水を口に含んだコニーが人の顔に向けてビシャっと吹きかけ、2人共ずぶ濡れに。すっかり興奮したコニーは吹き矢に当たるまいと部屋中を動き回ってそのありがたい水シャワー(逆吹き矢?)を連発し、床はビシャビシャ。その上をスケートの様に上手に滑ったり、左肩に刺さった吹き矢を自分で抜いて投げ返したり。そんなこんなで吹き矢を打ちながらちょっと笑ってしまいましたが、麻酔が効いてコニーの指の傷は無事に縫合できました。

 その日の昼過ぎには、同じ飼育員コンビの担当であるマレーバクのオリヒメが奇跡の七夕出産し、ある意味ビッグイベントデーでした。ちなみにバクの赤ちゃんは公募で「ナナハ」という名前に決まり、すくすく成長しています。

 夕方、完全に嫌われちゃったなぁと思いながらも様子を見に類人猿舎へ。コニーごめんねと声をかけると、いつもと違い階段下に隠れるようにいたコニーでしたが、何も言わず指を見せに目の前に来てくれたのです。嫌なことをされても自分のためとわかってくれたのか、感動。担当者曰く、コニーは引きずらない性格だからねとのこと。イイね!そして、忍耐強い性格は担当者のおかげでしょう。いつもありがとうございます。コニーはその後しばらく薬を飲んで、やっと傷が癒えました。

 動物の健康管理は時にドタバタし一喜一憂が多いですが、元気になってくれるとこちらも元気になります。でもあわよくば、次に生まれ変わったときは動物に嫌われない飼育係がいいなと思っています。 

(松下 愛)

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