281号(2025年03月)5ページ
クールの新たな一歩 〜フンボルトペンギンのペアリング〜

ペンギンの世界では、一度ペアを形成するとめったに相手を変えないと言われる。
だからこそ、長年連れ添った相手を失った時その悲しみは計り知れないものがある。飼育員として、そんなペンギンたちの姿を見守ることは、ときに胸が締め付けられるような思いになるものだ。フンボルトペンギンのクールは、かつて青木さんというパートナーとともに過ごしていた。しかし、一昨年に青木さんが亡くなってしまい、クールはひとりぼっちになってしまった。
最初のうち、彼女は放飼場のあちこちを歩き回り、まるで青木さんを探しているかのようだった。その姿を見ていると、胸が痛んだ。ペンギンにとってパートナーとは、ただの仲間ではなく、生活のすべてを共にする存在なのだ。
実は、クールと同じように、長年のパートナーを失ったオスのペンギンがいた。それがアクアである。彼はリョウというメスとペアを組んでいたが、リョウもまた昨年に亡くなってしまった。それ以来、アクアもひとりで過ごしていた。飼育員としては、同じ境遇のクールとアクアがペアになってくれたら……という思いがあった。しかし、ペンギンのペアリングは簡単なものではない。お互いに受け入れるまでには、時間がかかることもある。
そんな二羽に変化が訪れたのは、最近のことだった。繁殖期に入り、クール♀とアクア♂が徐々に距離を縮め、ついにペアリングに至ったのだ。これまで長い時間をかけて、それぞれの喪失と向き合ってきた二羽。ようやく新しい関係を築き始めたのかもしれない。
これまでクールは、青木さんとペアだった時、巣穴ではなく放飼場の外に巣を作る習性があった。しかし、アクアとペアを組んでからは、しっかりと巣穴の中に入るようになった。これは、彼女が新しい環境に適応し、新たなパートナーとの生活を受け入れ始めた証拠なのかもしれない。
そんなある日、クールとアクアの巣の中を確認すると、そこには卵があった。二羽の間に、ついに新たな命が芽生えたのだ。しかし、今回は残念ながらうまく育てることができず、途中で卵は割れてしまった。もしかすると、クールもアクアも、まだ新しいペアとしての経験が浅かったのかもしれない。だが、これからに期待は十分に持てる。クールとアクアがともに過ごし、支え合うことで、次はより良い結果が得られるかもしれない。
ペンギンたちの世界では、時間をかけて信頼関係を築き、新たな絆を育んでいく。
クールとアクアのペアがこれからどのように成長しどんな未来を紡いでいくのか。
飼育員として、そして見守る者として、その行く末を静かに応援していきたい。
(望月)