でっきぶらし(News Paper)

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62号(1988年03月)10ページ

実習を終えて

東京農工大学獣医学科 池上佳余子
 子供の頃、出かけると言うとたいてい動物園か遊園地であった。その動物園で実習させてもらえるんだなあ・・・と思うと、何か不思議な気分だった。今まではお客として外側からしか見て来なかった訳だから、その影でどんな人達がどんな風に働いているのだろうなどと言うように、動物園の素顔をのぞいてこようと思っていた。
 一口に実習と言っても、動物園には飼育係と獣医と2つの立場に分かれる。私は後者の方を望み、動物園の獣医の仕事を手伝わせてもらった。
 毎日の仕事と言うと、まず入院している動物や鳥類の世話である。そう一口に言っても全部で34種類もあるのだから、飼育場(箱)を一つ一つ掃除するだけでゆうに2時間はかかる。これでも随分早くなったのだ。この時に糞や尿の状態、元気などから健康状態を確認する。まあでも、それほど大げさな事ではない。
 次に彼らの餌作りに取りかかる。34種類もの動物や鳥がいれば、それぞれ少しずつ異なった餌になる。肉食、草食、雑食といった食性の違いはもちろん、体の大きさ、嘴の大きさから考えて餌も切らなくてはならない。また、似たような鳥でもそれぞれ好みが違っていたりもする。全部覚えるのに5日程かかった。彼らの餌に入れるものを挙げると、さつま芋、りんご、みかん、バナナ、トマト、にんじん、ゆで卵、パン、青菜、季節によりぶどう、栗なども入る。また、肉食のものには馬肉と鶏類、生きたヒヨコも与える。魚を食べる鳥にはアジやドジョウ、金魚も餌となる。
 その他、肉食の小鳥には、ドッグフードやミルウォームという小虫も与える。などなどバラエティに富んだメニューなのだが、加えてこれらの材料が新鮮で良質の物を使っている。りんごやさつま芋など、少しだけつまみ喰いしたことがあるのだが、本当においしいのである。もちろん、質の悪い物を与えてお腹を壊されるなんて最も避けたいパターンなのだが、季節の果物などはいち早くメニューに加わるそうである。もっとも毎日同じようなメニューでは、どんなおいしい物でもさすがに飽きてしまうだろう。ちょっと変わった物を入れると、人間と同じで珍しい方から手をつけるそうである。
 そんなこんなで、午前中の仕事は終わる。その他、動物園の獣医には園内の動物の見回りという最も重要な仕事がある。しかし、ほんの5分や10分見ていたところで、本当の健康状態などわかるはずがないので、飼育係にいろいろと様子を聞く。糞や尿の状態は良いかとか、餌食いは良いかとか、いつもと違う行動はないかとか・・・。そういった飼育係との連携プレーによって健康状態を知る訳である。この巡回は朝昼夕の3回行なわれるはずなのだが、そうはいっても突然のいわゆるハプニングが起こると、なかなか忙しくなってしまう。
 私の行った2週間は、幸か不幸かハプニングの連続であった。様々な生と死に直面させてもらった。この2週間になんと12種類もの動物の死を目の当たりにした。その中には、先に新聞でも発表されたトラの「カズ」も含まれる。「カズ」は私の実習初日に、飼育場の堀に落ち、2日後に麻酔して引き上げ、最終日に死亡した。私の実習は「カズ」に始まり「カズ」に終わったと言ってもよい。たった2週間だったが本当に印象深いトラだった。
 しかし暗い話題ばかりではなかった。この2週間はベビーラッシュの到来でもあったからである。3月10日にヒョウとツチブタが生まれ、11日にはコモンマーモセット、12日にシマウマ、15日にはミーアキャットが誕生した。やはりこういった誕生のニュースが入ると、動物園中が沸き返る。だが残念な事に、このうちヒョウとツチブタ、コモンマーモセットは人工哺育となってしまった。私としては、人工哺育なんてめったにできない体験をさせてもらえるのだからラッキーなのだが、本当はその親が仔を育てるのが一番自然で一番良い方法なのだと言うことを覚えておかなくてはならない。仔を育てようとしない、乳がでないなどというような障害から、それでも子を生かすために人工哺育に切り換えたのだ。
 人工哺育で最も気をつかうのは、その哺育している時期ではなく、元の仲間に戻す時だそうだ。人工で育てられた個体は孤立しやすい。仲間を見た事がないし、コミュニケーションの取り方を知らないためである。そうならないために、動物園ではできるだけはやい時期から仲間の前に姿を見せ、すこしずつコミュニケーションを取らせていくそうである。ピグミーマーモセットなどのように2個体で哺育したものは、1個体で育てたものよりずっとコミュニケーションの幅が有り、仲間に戻した時に違うそうである。2匹いれば、遊ぶことも喧嘩することもできる。人間と同じで、そういった事から仲間というものを覚えていくのである。人工哺育した動物は、その後人間が触れることができるという利点があるが、それはその種の動物になりきれない場合が多いのである。
 実習をしていて感じたことは、動物園では飼育係や獣医と言った一見派手なようで実は地味な作業をしている人達がいて、そしてこの地味な仕事こそが重要で、やり甲斐もおもしろ味もあることなんだということだった。ほんの2週間、垣間見ただけだが、そんな感想を抱いた。2週間どうもありがとうございました。 

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