でっきぶらし(News Paper)

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パンジー、元気でな!!

 チンパンジーのメス、パンジーが、昨年の暮れも押し迫った二十四日に、愛知県の豊橋市立総合動植物園へと旅立ってゆきました。思えば、十年に及ぶ長い付き合いでした。
 その内の三分の一ほどの年月は、彼女に私の存在を認めてもらっていませんでした。担当者が休んでも、飼育作業がスムースに行えるようになる為の日々だった、と言えるでしょう。
 部屋の前を通る度に水をかけられ、チンパンジー同士のいさかいが起きるとそのいらいらは私に向けられ、又、水をかけられる有様でした。
 ヨーグルトをスプーンで与えようとすると、食べるふりをして近づいてきて、オリの間から私の手をひっかこうとしたりもしました。
 前夜に与えた寝具の麻袋を、朝、オリの間より私に寄越すように命令しても、振り回したり床にドッタンバッタンと叩きつけて暴れます。やっと差し出したと思っても、もうひと波乱。袋を取ろうとする私と再び引っ張り込もうとする彼女とで、綱引きになってしまったのです。
 やっと取り上げて運動場へ出すと、精神的緊張から解放され、どっと疲れが出ました。思わず、ハァーとため息が出るぐらいにです。
 彼女に少しでも早く受け入れてもらう為に、担当者が出勤の日でも夕方のヨーグルトとミルクを与えるのは、私の日課となりました。「あせらない。あせらない。相手に認めてもらうしかない」と、自分に言い聞かせる日々が続きました。
 三年近く経って、運動場から寝室への出入り、寝具の受け渡し、ヨーグルトやミルクの給仕作業が、時には無視されたり反抗されたりしながらも、かなりスムースにやれるようになりました。
 私の指示通りに素直に動き、彼女との間柄がしっくりしてきたなあと感じられるようになったのは、更に三年ほどが経過してからでした。認めてさえくれれば、頭がよいだけに仕事は大変スムースに進み、昔日の苦労がうそのように思えたぐらいです。
 お互いにしっくりとした間柄になって六年、ずっと付き合っていきたくもありましたが、彼女の幸せな将来を考えるなら、別れを告げるしかなかったでしょう。寂しくなりますが、仕方ありません。
 豊橋動物園にいる新しい仲間に、一日でも早く溶け込んでほしいものです。まだ赤ちゃんを生める年なので、その朗報が届くのを楽しみにしていたい、と思っています。
 パンジー、お元気でな!!
(池ヶ谷正志)

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