113号(1996年09月)7ページ
動物を知る(?U)人工哺育編 失敗例テナガザルの場合
クモザルの島、かつてはテナガザルの島でした。オリンピックに出る体操の選手すら顔負けの樹上の動きに、けっこう人気を博していました。
いろんな経緯があってオスが1頭になってしまって、動物商からようやくメスがやってきて、やれやれの筈でした。が、そのメスは何か変、暇があると足の指をチュッチュッと吸っているのです。
オスがメスに迫る度に、メスが逃げ惑います。しかしながら周囲は池、逃れられる場所なんてありはしません。オスのあまりにしつっこい追いまわしを心配した担当者は、島の周囲に柵を打ちつけ、池に落とされないように配慮しました。
問題がメスの内面にあったとするなら、効果はいかほどのものでしょう。「ドン」と名付けられたオスは、かつてのメスに2頭の子を生ませています。ヒトでも、同種のメスとも上手に付き合える個体でした。メスに乱暴を働いた前科もありませんでした。
そんなオスが、メスをいじめようとしたとは思えません。しつっこい追いまわしはメスの無意識の誘い、つまり発情期に発する“におい”などにあったのでは、と思えます。でありながら、メスはオスの受け入れ方がわからず迫り来るオスが恐ろしくて逃げ回り、逃げるからオスはよりしつっこく追いまわす悪循環であったような気がしてなりません。
結果は、メスの溺死でジ・エンドでした。テナガザルに限らず類人猿は泳げません。池に逃げ場を求めれば、溺れて死ぬしかありません。なんともはかないやり切れない幕切れでした。
テナガザルの出所が分からない以上、人工哺育で育ったとは断言できません。でも、オスを見て逃げ惑っていた姿を思い出すたび、社会性のなさを痛感します。
サルにはサルのルールがあります。テナガザルだってむろんあります。ふつうはそのルールに沿って行動するので、私達は彼らに余分な関与をしないで済むのですが・・・。