でっきぶらし(News Paper)

« 134号の6ページへ134号の8ページへ »

病院だより

「カムイくん、しっかりしろよ!」

 突然我々の無線に「大至急類人猿舎に来てほしい>」その声は飼育担当者からでした。
その時の声は、とても切羽詰まった甲高い声であったように記憶している。
 そう今でも忘れられない、私が動物園に着任して七日目、突然の出来事でした。腰の無線を押さえ駆け足で類人猿舎に入るや否や、チンパンジーの寝部屋近くで突然立ち止まってしまった。そこには言葉で言い表せないほどの張り詰めた空気が、私を立ち塞いでいたのです。

 「ヨシミちゃん貸してちょうだい=」その声はベテランの八木獣医の声だが、何かいつもと響きが違う。その声は重苦しく押し潰したような声でした。やがて奥から彼女の両腕に抱えられて来たのは、頭部から血を流しぐったりしているチンパンジーの子供「オリーブ」でした。オリーブは聴診器を当てるや間もなく息を引き取りました。惜しくも満一才の誕生日を五日後に控えていた時の出来事でした。八木獣医の目からは今にでもこぼれそうな涙をじっと堪え、オリーブのあどけない眼を見つめていました。その眼差しには奇跡でも呼び起こさんばかりの・・・・でした。

事故の原因は、父親カムイ(神威)と母親(ヨシミ)とのトラブルの間に挟まれ犠牲になってしまったのです。しかしその原因となった要因は未だに解明できません。
検死解剖を担当した私は、オリーブの顔を見ていると、ふと我が子の顔がオリーブに写ったような錯覚にとらわれていた。この時どのくらいの時が過ぎたか、私には知る余地もありませんでした。そっと瞼を手で閉じようとしたが閉じてくれなかったことが、いまでも脳裏に焼き付いています。

 それから三日後の四月十日。仲間のピーチがめでたく女の子を出産、名前は「リズ」と命名。リズの出生により担当者一同の心は少し和らいだ様に思えた。

 それから一年、平成十二年三月三十日園内の桜も少しずつほころび始め小春日和な暖かな日、チンパンジーの運動場でカムイがピーチの背中を奇声を発しながら蹴飛ばし、ピーチは胸に幼いリズをかばうように抱きかかえ苦痛に耐えている姿がありました。あの忌まわしい一年前の事故が誰しもの脳裏に甦った。その日からカムイとピーチ(リズ)は別居。みんなが口を揃えて「カムイどうしたんだ=何が原因であんな事をするだ?」。しかし別居させたもの、これからどう対処したらいいのか?一同悩んだ。

 ピーチ親子もその後ショックもあったせいか一時体調を崩したが、やがて、四月十六日にようやく体調も回復し、カムイもいる運動場に親子一緒に出れることになった。しかし、再びトラブルが起きてはということで、交替で観察することになった。今のところ大きな問題は起きていないがこの静けさが続く事を願い、今日も檻越しに彼らを見守っています。
    

【追 伸】

次回の号には、小林一茶の名句にも詠われたアリについて語りたいと思います。
アリは体重の50倍もの石を動かす事ができます。これはトレーラーを2人で引く力と同じです。歩く速さは、秒速5?p、こんなすばらしい能力を兼ね備えたアリですが、病院では毎年このアリに悩まされています。
どなたかアリのよい退治方法をご存知の方、ご一報下さい。  (海野 隆至)

« 134号の6ページへ134号の8ページへ »