156号(2003年11月)4ページ
レッサーパンダの風太くん誕生!
レッサーパンダの繁殖は長い間、日本平動物園の最大の課題の1つでした。日本平動物園は、日本国内のレッサーパンダの血統登録を登録している、いわばレッサーパンダの総本山です。ところが、これまでに人工保育を1回したことがあるだけで、なかなか繁殖には成功していなかったのです。しかし、今年は事情が違いました。平成13年12月に、広島の安佐動物公園からメスのナラ(楢)が、そして平成14年3月には東京の多摩動物公園からオスのフウフウ(風風)が来園したのです。ナラは2才、フウフウは5才と、待ちに待った若いペアが誕生したのです。
そして平成15年1月、年に一度のレッサーパンダの繁殖シーズンが到来しました。出産を期待して、ナラには新しい巣箱を2つ用意しました。ナラが好きな方を選べるようにしたのです。しかし、肝心の交尾がなかなかできません。フウフウは、ナラが気になって追いかけたりもするのですが、大好物のリンゴがあると、色気より食い気が先に立つようで、餌にかぶりついてしまいます。これじゃダメだ・・と悩んでいたところ、2月中旬、思いがけず交尾が見られたのです。よしっ!これで可愛い子供が、と思う一方で、まだまだ不安材料は山のようにありました。
まず、レッサーパンダという動物は、妊娠してもいないのに体重が増えたり、出産のための巣づくりをする「偽妊娠」が見られることです。おかげで、私が妊娠を確信したのは、交尾から3ヶ月も後の5月のことでした。この頃になるとさすがに、体重の増え方が偽妊娠ではありえないレベルまで上がって来たし、乳腺も膨らんできたのです。
次なる不安は、ナラが初産だということ。人間でも初産は大変ですが、レッサーパンダの場合はもっと大変です。お母さんは一人で子供を産んで、一人で育てなければなりません。さらにレッサーパンダは、可愛い顔をしてライオンやクマと同じ「食肉目」の動物。驚いたりすれば、子供をかみ殺してしまうことも珍しくありません。そこで、出産前後はできるだけナラを驚かせないように、寝部屋をおおって暗室にし、中に入ったり掃除をしたりするのはできるだけ控えました。
そして、7月5日、ナラのお腹がすっとスリムになりました。間違いなく出産です。とは言うものの、巣箱の中の子供は姿も見えないし、声も聞こえません。はたして子供は元気なのでしょうか?巣箱の中の声を拾うために、集音器にカセットテープをつけたりして、何とか子供の様子を探ろうと、不安な日々が2週間も続きました。そして、ようやく聞こえたのです。ピルルル・・・という子 供の小さい、しかし確かに元気な声でした(意外でしょうが、レッサーパンダは親も子もトンビのような声で鳴くのです)。
この頃から、お母さんになったナラもだいぶ落ち着いてきたので、ナラが運動場に出ている隙に、赤ちゃんの体重測定を決行することにしました。初めて見る赤ちゃんは、真っ白な産毛に包まれていて、まだ目も開いていない弱々しい姿でした。体重もまだ540gで、大人の1割以下しかありません。
その後も、お母さんのナラが頑張ってくれて、風太はすくすく育ちました。ナラが常に風太のことを気にかけて、授乳もちゃんとしてくれているので、私はお母さんの栄養に気をつけて餌をあげることにだけ気を配りました。ただ1つだけ、風太の移動にはちょっと失敗してしまったようです。と言うのは、レッサーパンダはネコと同じように子供をくわえて持ち運ぶのですが、このときに首の後ろではなく、しっぽをくわえてしまったようで、風太くんはしっぽがどうも短いのです。レッサーパンダのしっぽは白と茶のしま模様で先端が黒くなっているのですが、風太は黒い部分がなく、しまの数も3つほど少ないのです。
生まれてから2ヶ月余りが経ち、ようやく風太も巣箱から出ている時間が長くなり、一般公開できるようになりました。とは言っても最初はまだガラス張りの寝部屋での屋内展示で、ほとんどの時間は部屋の中で丸まって寝ている状態でしたが・・・。それでも、1日30分くらいは運動場にも出すようにして、少しずつ慣らしていきました。最初は外に出るのもおっかなびっくりで、お母さんと鳴き交わしながら、お母さんの後を追いかけるように歩いていたものです。
しかし、子供の成長は早いもので、10月に入ると木登りもするようになり、10月末には枝から枝へジャンプできるまでになりました。こうなると、お母さんのナラの方が疲れてしまいます。今までは木のてっぺんに行けば、風太が登って来れないのでゆっくりできたのですが、そこまで風太が登って来るようになってしまったのです。あまりにしつこく風太が追いかけてくるので、ナラは逃げ回るようにあちこち歩き回ります。でも、風太がついてこないと気になるようで、何かあるとすぐ戻ってくるのは、さすがお母さんと言ったところでしょうか。
この頃から離乳も始めました。運動場に出した頃からササをペロペロと舐めたりもしていたのですが、10月からはリンゴを食べ始めるようになりました。今もリンゴは大好きで、シャリシャリとよくかじっています。12月現在、早いもので見かけではお母さんと変わらないくらいに育ちました。
最後に、風太という名前はお父さんのフウフウの一字をもらったものなのですが、実はフウフウは風太が生まれる直前の6月に急死してしまいました。フウフウの分まで、風太には元気に育って欲しいと願っています。
風太は春頃には千葉市動物公園に行くことになりました。また、その頃には新しいオスが山口県の徳山動物園から来ることも決まり、来年は日本平動物園のレッサーパンダは新しい顔ぶれになりそうです。風太がお母さんと一緒にいられるのもあと少しですが、微笑ましい親子を皆さんにもぜひ見ていただきたいと思います。
(近藤 信幸)