157号(2004年01月)6ページ
トサとエンジェル ライオンの心のつながり
2月のある日、ライオンのオス、トサの具合が良くないという知らせを受け、ライオン舎に向かいました。以前から足腰に老いを感じさせていたトサでしたが、見ると伏せをしてハアハアと苦しそうに呼吸をしている状態でした。
よく言われるように、野生動物は限界ギリギリまで自分の弱った姿を見せようとしません。野生でそのような姿を見せれば、捕食者に襲われ死を意味するからです。そのため、普段の観察がとても大切で、「あれ、いつもとなんだか様子が違うな」というときは要注意。野生からの使者である彼らに少しでも快適に暮らしてもらえるよう、そして皆さんに動物達の元気な姿を御覧いただけるように、飼育をする上で普段から様々な心くばりをしていますが、万が一の病気に備えて「早期発見・早期治療」が私達の合い言葉になっています。
トサは腸炎を患っており、老衰も重なって、治療の甲斐もなく餌を食べなくなって4日で亡くなりました。朝、水飲みの方に向かって倒れていたトサを発見した飼育係の一人が、「最期に水を飲みたかっただろうから、死に水をあげてやって」と言った言葉が胸をつきました。ライオンは、どこの動物園でも人気者です。私は日本平動物園に勤めてまだ一年目ですが、トサのいなくなったライオンの展示場の前に立つと、改めてライオンの存在感の大きさを感じずにはいられませんでした。
トサの死が一番こたえたのは、おくさんのエンジェルでした。トサの死後間もなくして、エンジェルがトサを探しているようだと飼育担当者から聞き、気にかかりました。数日して、トサがいなくなったことを悟ったのでしょうか、エンジェルは食欲がなくなり、一日中寝ていることが多くなりました。夕方の閉園後、寂しそうな顔をしたエンジェルは展示場に出たまま、寝室の中にも入らない日が続きました。過去の飼育日誌を見てみると、トサも以前のペアのメス、シャイが亡くなった後、しばらく食欲がありませんでした。群れで生活する動物の「心のつながり」をそこに見た気がしました。
エンジェルは一週間待っても餌を食べず、麻酔をかけて点滴と検査を行い、入院しました。極度に脱水している状態でしたが、入院中飼育担当者の献身的な看病のお陰で餌を食べるようになり、元気を取り戻して無事に退院しました。この号が出る頃には、新しいオスが来園し、お見合いを始めている予定です。エンジェルと2頭で仲むつまじい姿が見られることを期待しています。
トサ、18年間ありがとう。
(野村 愛)