でっきぶらし(News Paper)

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≪病院だより≫ムイちゃんと私の初体験

 今回、みなさんにご紹介するのは男爵のような立派なヒゲが特徴のエンペラータマリンという小~さなサルの話です。2009年の6月1日に生まれたメスの「ムイちゃん」がこの話の主役。ムイちゃんはお母さんが子育てを放棄したので動物病院にて人工保育で育ちました。本来、小型のサルたちは樹木の中に身をひそめて暮らしますが、人工保育で育った動物は人を怖がらなくなり全く警戒心がなくなってしまいます。今回、私たちはそんな人好きに育ってしまったムイちゃんのある思いもよらない出来事に遭遇しました。
 人に対する警戒心のないムイちゃんはエサをよく食べるため、自然に育った他の個体より一回り大きな体格となりました。「色気より食気なのか~」とあきれる私たちの気持ちをよそに、ムイちゃんの体はどんどん立派になり、今年4月頃には「肥満?もしかして妊娠…?」と半信半疑で思うようにもなりました。そんな4月ある日のこと、小型サル担当の青木飼育員から「ムイちゃんがあまり動かないんだけど…」との連絡がありました。様子を見に行くと、いつも元気に動き回っているムイちゃんが同じ場所から動きません。お腹はいつも以上に大きく張り出し、なんだかそのお腹が苦しそうに見えます。
 しかし、青木飼育員がエサを手渡すと受け取りムシャムシャ食べてしまいます。出産の可能性もあるため、捕獲しての処置はできるだけ避けたいところです。普通の個体なら、捕獲するだけで体力を消耗してしまい命の危険を伴います。とりあえず、この日は様子を観察していましたが、夕方までムイちゃんの行動は変わりませんでした。
 翌日もムイちゃんの様子に変化はなく、このままだとムイちゃんの体力に限界が来てしまうため、青木飼育員と相談し、ムイちゃんを捕まえて検査をすることにしました。青木飼育員はムイちゃんを暴れさせることなく上手に捕まえてくれました。ムイちゃんを預かった私たちは病院に戻り、まずはレントゲンを撮ってお腹に赤ちゃんがいるのかを確認です。
 出来上がったレントゲン写真を見ると、お腹の中に2頭の赤ちゃんの姿がありました。しかも、既に1頭は産道に頭が入った状態になっています。急いでムイちゃんを診察したところ、赤ちゃんの頭らしきものが少し見えるではありませんか!ムイちゃんはもうこれ以上自力で産み出せそうもなかったので、止むを得ず少し赤ちゃんを引っ張ってみました。しかし、出てきた頭は変形しており、既に死亡していることが分かりました。ゆっくりゆっくり引っ張って、1頭目の赤ちゃんを取り出しました。この時点でムイちゃんはかなりぐったりしていましたが、お腹にはもう1頭赤ちゃんがいます。私も小型サルの出産を手伝うなんてことはもちろん初めてです。今度は無事産まれることを祈って陣痛促進剤を注射し、ムイちゃんに陣痛が来るのを待ちます。約2時間後、陣痛が来たムイちゃんは苦しそうに下半身に力を入れるのですが、まだ子供が出てくる気配はありません。レントゲンで確認すると、赤ちゃんの頭の向きが産道側に変わっていました。再び促進剤を注射しレントゲンで確認、これを数回繰り返し(本来、こんなことは絶対にできません!)ようやく赤ちゃんの頭が産道に入ったのが確認できました。しかし、出てきたのは頭ではなく、とても細くて長~い物…?そうです、しっぽが先に産道から出てきました。赤ちゃんを早く出してあげたいので、思わずしっぽを引っ張りたくなりますが、それによってまた頭が逆を向き逆子の状態になってしまう可能性があります。頭はもうすぐのところにあることが分かっているので、ここからはムイちゃんに踏ん張らせて産ませることにしました。別の獣医がムイちゃんの上半身を押さえ、まるで人の出産のように「はい力を入れてー!!」とムイちゃんに声をかけます。私は小さ~なムイちゃんの体から、どうやったら赤ちゃんの頭を出すことができるのか、ピンセットや鉗子などの器具を使って傷つけないよう必死で介助しました。1頭目と同様、2頭目も狭い産道に赤ちゃんの頭が詰まって止まっています。ムイちゃんはもう踏ん張るというより、苦しさに耐えているだけですが、しばらくすると徐々に頭そして顔が見えてきました。ですが、2頭目も残念なことにすでに息はありませんでした。徐々に徐々に赤ちゃんの頭を引っ張り、ようやく2頭の赤ちゃんの出産は終了しました。赤ちゃんは2頭とも40g前後でムイちゃんが生まれた時の体重37gとほぼ同じでした。ムイちゃんは下半身に力が入らないようで、眠るように目を閉じていました。時間はもう夜の8時半。私たちもこんな小さな動物の出産を一日かけて行い、精神的にグッタリでした。
 小型サルの出産を手伝うというまさかの出来事でしたが、人工保育で育てるということはこれほどまでも動物の行動・感覚を本来の物から遠ざけてしまうのかと驚きました。動物園動物はすでに野生動物ではありませんが、少しでも野生本来の感覚を持った動

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