でっきぶらし(News Paper)

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見た目はワイルド、中身は…?

見た目はワイルド、中身は…?

 2016年は申年ということで、サルのエピソードを紹介しようと思います。今回紹介するのは小型サル舎にいるヒゲサキ。世界的にも飼育例が少ない謎多きサルのお話です。
2015年10月20日、ヒゲサキのジャワ(オス)とキーマ(メス)に2年ぶりの赤ちゃんが生まれました。ジャワとキーマは、日本の動物園で初めて繁殖に成功したペアで、今回が5頭目の赤ちゃんになります。
ヒゲサキはオスにもメスにも冠毛とヒゲがあり、パッと見では区別が難しいですが、ジャワはオスらしいワイルドな顔つきで、左前肢の第4指が曲がっているので、優しい顔つきのキーマと見分けがつきます。そのワイルドな見た目とは裏腹に、ヒゲサキはとても繊細なサルで、放飼場に新しい枝を入れた時は、半日その枝に近づきませんでした。そんなヒゲサキは、エサやりや掃除のために飼育係が放飼場に入っても、攻撃をしてくることはめったにありません。
2015年4月末から8月中旬にかけて、少なくとも11回の交尾を確認しました。夏ごろまでは、キーマのお腹を見ていてもなかなか変化がわからず、妊娠を確信することが出来ませんでしたが、意外な形で妊娠を確信しました。
8月下旬のとある日、ジャワがキーマに交尾をせまっていたので、いつものように交尾をするのかと見ていると、キーマが嫌がりその時は交尾が成立しませんでした。すると翌日から、少しずつジャワの様子に変化が現れました。警戒心が強くなり、放飼場に入って来た飼育係に対して激しく威嚇したり、手を出して攻撃したりしてくるようになったのです。同居していた第4仔のクミン(メス)も似たような動きをしてきます。明らかに様子がおかしいのでよくよく見ると、キーマのお腹が少し大きくなっているようでした。威嚇などの行動は、飼育係に対する怒りではなく、妊娠したキーマを守ろうとする行動だったようです。私がいつまでたっても妊娠に気づかないので、ジャワとクミンが身を呈して教えてくれたのかもしれません。
妊娠を確信し、あとは出産を待つばかりなのですが、1つ不安材料がありました。2年前にクミンが生まれた際、同居していた第3仔のサッチャン(メス)が群れから仲間外れにされたことがありました。なぜ仲間外れにされたのか、はっきりとした原因はわかりませんが、第5仔が誕生しもし同じことが起きれば、今度はクミンが仲間外れにされるかもしれません。獣医師の提案もあり、出産前に両親からクミンを離すことにしました。ジャワとキーマには出産・子育てに集中してもらい、クミンはバックヤードで姉のサッチャンと一緒に暮らしてもらうことにしたのです。10月19日の休園日にクミンを両親から離し、バックヤードのサッチャンとケージ越しのお見合い(同居準備)を始めました。
翌日の早朝、私は休みの日でしたが、両親やクミンの様子が気になり小型サル舎へ向かいました。まずはバックヤードにいるクミン。一人ぼっちになった寂しさと、慣れない環境にとまどっているようでしたが、ひとまず元気にしていました。続いてジャワとキーマのいる獣舎へ進むと、巣箱や放飼場に血痕が…!「ジャワとキーマの間に何かトラブルが?」、「昨日クミンを離したから?」。一瞬でいろいろな“最悪の事態”が頭をよぎりましたが、キーマの右脇腹にしがみつく小さな手を見つけ、ほっと一安心しました。
 無事に赤ちゃんが生まれると、次第にジャワの威嚇行動などは減少していきました。5頭目の赤ちゃんということもあり、キーマは仔育ての大ベテラン。ジャワも赤ちゃんに興味津々で、近づいて触ろうとするのですが、キーマは「余計な手出ししないで」という感じで離れていってしまいます。ごく稀にジャワが赤ちゃんを抱っこしようとする所を目撃しましたが、その手つきは何とも不器用で、赤ちゃんを落とすのではないかと見ているこちらもハラハラするほど。赤ちゃんも不安そうに鳴くので、見かねたキーマがすぐに迎えに来ていました。仔育て上手で優しいキーマと、仔育てはちょっと不器用でキーマに任せっきりな分、外敵に対しては家族を守るために身を呈するジャワ。ヒゲサキ夫婦の長続きの秘訣は、役割分担とほどよい距離感なのかもしれません。そんな夫婦も、今年の3月で来園10周年を迎えます。偉大な功績を称え、何かお祝いをしてあげようかなと思う飼育係でした。
 ちなみにバックヤードのクミンとサッチャンも、2週間ほどのお見合いを経て無事に同居しました。妹のクミンの方が体格も良く強気ですが、仲良く暮らしています。

(飼育係 横山 卓志)

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