27号(1982年05月)4ページ
ぐうたらママワースト10
“でっきぶらし”2号・3号で紹介した動物は、哺乳類の内でもまだまだ一部です。鳥類やハ虫類の繁殖状況、今までに寄贈・保護収容された動物達を、苦労話、笑い話、ずっこけ話を含めながら、いずれ順々に掲載・紹介していきたいと思います。
さて、哺乳類の繁殖第3弾は、飼育係の手をさんざんわずらわせてくれた動物達のお話しです。産まれました、即バンザイと行かないのは、当園に限らず、何処の動物園でも同じ悩みであります。
増えすぎて置き場所もなく、繁殖したは良いが、さっぱりひきとり手がないまま、いつまでも親仔で展示していたり・・・。様々な悩みや苦労の中で、一番困るのが育児放棄。私は知りません、関係ないと言わんばかりに、仔供を置き去りにされた時、まさか殺す訳にもいきません。そこで、私たち飼育係がいやおうなしの出番となる訳です。まあ、捨てられた動物達のお父さんならぬお母さんの代わりと言ったところです。
13年も過ぎれば、実に多くの様々な動物達が、私たちの手によって育てられています。そこで、どんな理由があるにせよ、育児を放棄したのだから、あえて“ぐうたら”と呼ばせてもらい、筆者の独断と偏見をもって“ぐうたらママワースト10”を、くませてもらいました。
<ぐうたらママワースト10>
第1位 マントヒヒ 出産回数 7回 (第一子はオスが 咬み殺す。
人工哺育 6回)
第2位 クロヒョウ 出産回数 7回 (育児失敗 2回・
人工哺育 3回)
第3位 ヒョウ 出産回数 8回 (食殺 1回・
人工哺育 2回)
第4位 キンカジュー 出産回数 5回 (食殺 1回
育児失敗 1回・
人工哺育 1回)
第5位 ダイアナモンキー 出産回数 6回 (第1子、落として死亡・
人工哺育 3回(内1頭死亡))
第6位 オランウータン 出産回数 3回 (第1子・落として死亡・
人工哺育 1回・
介添哺育1。)
第7位 ホッキョクグマ 出産回数 2回 (食殺 2回)
第8位 ナマケグマ 出産回数 1回 (人工哺育)
第9位 キリン 出産回数 1回 (人工哺育)
第10位 ハイイロキツネザル 出産回数 3回 (人工哺育1回)
次点 クロキツネザル 出産回数 1回 (出産直後の育児放棄)
番外 チンパンジー 出産回数 1回 (育児下手)
[第1位 マントヒヒ]
2号で紹介しました、懐かしきマントヒヒ。ダントツで文句なしの1位として、だれも異論のないところでしょう。
あちらのほうは相当好きなようで、せっせと励んでくれましたが、産み捨てること実に7回。後の始末は、全くあきれかえるほど知らんふり。仔を逆さに持ったり、床に置き放しにしたりして、最後の最後まで、まともに抱きあげることはありませんでした。マントヒヒの養母となられた、当時の独身寮の皆様、大変ご苦労様でした。
尚、3番目に産まれた“チョウジ”は、現在甲府の動物園で飼育されています。
[第2位 クロヒョウ]
2位にランクしたものの、“ぐうたら”の汚名は、もうきれいに晴らしているのです。
親まかせにして失敗が2回、人工哺育が3回。マントヒヒの二の舞かとも思えましたが、6度目の出産の時、木の箱を入れて産ませると、なんと、なんとちゃんと育てたではありませんか。特に、昨年産まれた仔は丸々と太り、もう親をしのごうという勢いです。
ちょっとした工夫、心づかいで育児ができるようになる、その典型的な例と言えるでしょう。
[第3位 ヒョウ]
愛情の表現に、よく「食べてしまいたいくらいかわいい」とか言いますが、これを文字通り実践してくれるのが、肉食獣の仲間。
この“ヨッコ”も7年前の出産時に、それを証明してくれました。どうも仔の声が聞こえないので、担当者がそっとのぞいて見たら、影も形もなかったという訳です。
以後は、大事を取って人工哺育に。結局、死ぬまでの間に8回・16頭の仔を産みながら、自分で無事育てたのは、わずかに2頭。人工哺育で育ったのが3頭で、決していいお母さんとは言えませんでした。見ようによっては立派?に2位にランクできます。
[第4位 キンカジュー]
キーパー通路へ脱走しては、いたずらをして飼育係を困らせる、夜行性動物館のひょうきんものキンカジュー。
無事産まれたものの、耳をかじられてしまい、人工哺育されたのは何年前の話しでしょうか。かれこれ6・7年はたったでしょうか。
メスで“キンコ”の名前で親しまれ、当時は、独身ながら母親代わりとなった女性獣医の後を、ちょこちょこついて散歩していたのが、懐かしく思い出されます。
その後も、何度か出産しましたが、育児放棄、食殺を続け、更に死産だったりして、まともに育児することなく、今日に至っています。
[第5位 ダイアナモンキー]
親仔、夫婦4頭の仲むつまじい姿を毎日見ていると、過去の“ぐうたら”ぶりは全く信じられません。出産6回の内、4回は人工哺育か直後の死亡。いったいそんな彼女がどうやって立ち直ったのでしょう。
4年前、5度目の出産の時、いつものようにオスを分けることはしませんでした。するとどうでしょう、彼女はとても落ち着き、お世辞にも上手とは言えないまでも、仔をしっかり抱いているではありませんか。はらはらする動作が、時々見られるものの、ここは、思いきって親に育児をまかせてしまいました。数ヶ月後、そこに見られたのは、仔以上に母親の成長でした。
[第6位 オランウータン]
クリコお前もか。いくら初産でも、抱くぐらいは抱いてくれるだろうの期待もはかなく、そこにあったのは、床に放り投げられ、冷たくなった仔の“むくろ”でした。
2度目、今度は抱くだけは抱いてくれましたが、さっぱりおっぱいを飲ませる様子はなく、ただしっかり抱いているだけ・・・。やむなく人工哺育に切り換えました。
3度目の正直!そこまではゆかなくとも、飼育係に手伝ってもらいながら、クリコは、何とかかんとか育児ができるようになりました。
4度目の出産も間近い今度こそ“ぐうたら”の汚名をきれいにぬぐえるでしょうか。
[第7位 ホッキョクグマ]
降り積もる雪の中にほら穴をつくり、その中で仔を産み、飲まず喰わずで育てるというホッキョクグマ。それに近い似た環境をつくれば、育ててくれるのでしょうか。
一昨年は影・形もなく、昨年は影・形だけでした。今年も発情がきて、交尾をしたと言います。と言うことは、秋にまた出産が期待されますが・・・。
[第8位 ナマケグマ]
自分につけられた名前に、従順になった訳でもないでしょうが、産むだけ産んで後は知らん顔。真冬の12月下旬の出産だっただけに、担当者の苦労も大変でした。結果は3号に紹介した通りです。
その後1年余り、2度目の出産の兆しはまだ見られません。人工哺育でもいい、もう1度産んでくれ。担当者にとっては、そんな気持ちでいっぱいでしょうか。
[第9位 キリン]
昨年はキリンとって、不幸続きの年でした。それだけに、「一樹」は待望の出産と言えます。が、母親の「徳子」が仔に対して最初に見舞ったのは、強烈なキック1発。後は一切知らんふり。見事ぐうたらママの仲間入りをしてくれました。
徳子自身は初産ながら、母親の出産にも幾度も立ち合い、充分に学習しているはずです。何度も見ているうちに、育児は自分でするものではなく、誰かがするものと、思い込んでしまったのでしょうか。
[第10位 ハイイロキツネザル]
メスで「ゴサク」などと言う、どんくさい名前をつけられた動物は、そうはいないでしょう。これは、動物園に寄贈される前の飼い主が、オスと間違えてつけたためです。
このゴサクは、たいへんなかんしゃく持ちで、時折、急に怒り出してはやたらに咬みつく習癖があります。その上、2度目の出産の時は、育児を放棄してしまいました。
手のひらにのせておおえば、すっぽり隠れてしまう程度の赤ちゃん。その育児は大変で、ミルクを飲ませるといっても、1回に1ccか2cc。それを根気よく根気よく、寒さにも気をつけて・・・。
ぐうたらうんぬんより、最も困難で苦労した、人工哺育としての記憶のほうが鮮明です。
[次点 クロキツネザル]
人に限らず動物でも、最初の育児はどうも下手なようです。人工哺育に至らないまでも、はらはらさせられることが多々あります。もっとも、このクロキツネザルの場合、下手とか上手とか言う問題ではありませんが、陣痛がきて、ポトリと産み落とした自分の仔を見て、びっくり仰天、とんで逃げてしまいました。やむなく、獣医と担当の飼育係が羊膜をはがし、ヘソの緒を切り、もう1度母親の様子を見ようと、そっと元の産んだ場所に置きました。落ち着きを取り戻した母親が、恐る恐る仔の所へやってきて、仔を取り抱き上げました。人工哺育にはならず、かろうじて“ぐうたら”の汚名を浴びずにすみました。
[番外 チンパンジー]
10周年を記念して、多摩動物公園より寄贈されたチンパンジー。妊娠は意外に早く、翌年にはもう迎えました。しかし、母親との生活が2年弱と短く、ステージでの生活が長かったことから、無事産まれても、育児がきちんとできるかどうか、不安と心配の種となりました。
出産後しばらくは、私たちの心配など全くの取り越し苦労、見事な育児ぶりを召せて、不安を解消してくれました。
ここまでなら、何らぐうたらママ番外の対象に成り得なかったのですが、そのうち授乳はさせるものの、火のつくように泣いても、床において背中をポンポンたたく、ひきずったりする。傷ができるほどひどくグルーミング(愛情の表現)をする。不幸にも感冒にかかり、肺炎で死ぬまでの間、全くひどい育児ぶりを見せてくれました。
以上、筆者が多少の独断と偏見を加味して、書かせて頂いた「ぐうたらママワースト10」でした。
霊長類と食肉獣がほとんどで、ややつまらなかったかもしれませんネ。私たちが、常々本能だと思っている性行動や育児、実際には学習しなければできない範囲が、思いの外多く占めています。特に霊長類には、それが顕著に表れます。又、食肉獣は、母性本能が異状に強く働くと、仔を食べてしまう習性を持っています。だから、できるだけ落ち着いた環境で飼育しないと、まず育てません。それらが霊長類や肉食獣の人工哺育を多くしている理由と言えるでしょう。
育てないから「ぐうたら」とは、飼育する側のまことに勝手な言い分で、動物には、まず責任はないでしょう。それぞれの動物の習性・行動を考えての獣舎づくり、条件づくりが必要で、それをしないでいては、飼育係も動物も成長しません。
ちょっとした心づかい、工夫で育児ができるようになるのは、クロヒョウで証明されていますし、プラス経験を積み重ねての例として、ダイアナモンキー・オランウータンがあげられるでしょう。
しかし、いくら大きなことを言っても、私たちはまだまだ半人前の飼育係。なかなか思うようにはいかず、「ぐうたらママ」の仲間入りをつくってしまうかもしれません。
(松下憲行)